「小説新潮」2014年7月号(新潮社)収録 発売日:2014年6月21日 雑誌定価(本体):861円 |
声に出して、 「負けるもんか」 と言ってみた。でも、波の音が大きくて、情けないぐらいに小さくしか聞こえない。もう一度、腹に力を入れて、 「負けるもんか」 と叫んだ瞬間、自分ほど勇敢な小学生がこの世にいるだろうかと思っていた。 |
雑誌「小説新潮」に寄稿した短篇です。
琴座流星群がよく見えるという新月の晩、わたしは新婚の夫とベランダに出て、鍋物をしながら流れ星を待つことにした。ところが用意が早すぎて、夕食が済んでも流星群のピークにはまだ間がある。夫は空ばかり見上げていたが、
「そうか。今夜は、そういう夜か」
と呟くと、子供の頃の思い出を話し始めた。
小学四年生の春。夫は虫取り網を持って、こごえるような夜の富山湾へと自転車を走らせていた。春の海に打ち寄せられるというほたるいかを採って、父と母に喜んでもらうために……。
その思い出話は、やがてむごい結末を迎える。そしてわたしは、夫の話には一つだけ奇妙な点があることに気づいていた。
山本周五郎賞受賞記念短篇として、選評掲載号に載せて頂きました。