2018年03月05日

台北国際ブックフェアに行ってきました


 こんにちは。米澤です。
 去る2月10日、台北で開かれた国際ブックフェスタに、獨歩文化のゲストとしてお招き頂きました(*「歩」は日本の文字とは少し字体が違いますが、機種依存になるようなのでこの文字で代用します)。

 台湾に到着したのはその前日、9日のことです。
 台湾は寒さ知らずの南国であり、エアコンに暖房機能が不要なほどだと聞いていましたが、その頃ちょうど寒波が到来していて、お出迎え頂いた台湾の方いわく、「死ぬかと思いました」とのこと。
 東京で着込んでいた防寒具がそのまま役に立つぐらいで、気温で南国を感じられなかった分、街路樹の枝ぶり葉ぶりに現われる植生の違いに目がいきました。

 到着後、複数のミステリ関係の媒体にインタビューをして頂きました。『いまさら翼といわれても』(KADOKAWA)の翻訳が刊行されるタイミングでしたので、もっぱらそれに関するご質問を頂きましたが、インタビュアーの方々には〈古典部〉のほかに、『追想五断章』や『儚い羊たちの祝宴』、『インシテミル』なども好きだとおっしゃって頂けて、本当に広く読んで頂けているんだなと思うと感慨深くてなりません。

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 また、拙著に関するご質問以外には、どの媒体の方もミステリの書き方や発想法についてお尋ねになることが印象的でした。なんでも、主に若年層を中心に小説を書きたい人々が増えていて、webなどでの発表が増えているとのことです。日本でもインターネット上で小説を書く人々は多い、というか私自身がそうでしたから、いずこも事情は同じといったところでしょうか。

 ところで、台湾で『いまさら翼といわれても』が読まれるにあたり、私には一つ疑問がありました。この小説に出てくる千反田という人物は、家がある程度名士であるために、自分も少なからず家業と土地に責任を負っていると感じています。こうした立場が、台湾の読者にもスムーズに理解して頂けるだろうかと思っていたのです。
 そこでインタビュアーの方に、千反田のような名望家の富農というのはいるのかとお尋ねしたところ、どちらかと言えば文人がそうした立場に置かれるイメージがある、という主旨のお答えが得られました。なるほど。

 また、小説の中で主人公が着る「白いトレンチコート」がしばしば褒められるのはなぜかという質問を頂きました。たぶんほとんどの人物は心から褒めているわけではなく、少し風変わりな服装に当たり障りなく言及しているだけだろうとお答えしたところ、インタビュアーの方は「ああ。タテマエ」と納得されていました。そうですね。

 翌朝は宿で朝食を頂いたのですが、朝食ビュッフェの会場で真っ先に聞こえてきた言葉は、「せやからおかあちゃんはコーヒー飲まんかってんや」でした。どこにいるのかわからなくなった。

 午前中はサイン本や色紙の作成に当て、昼食を頂いた後でいよいよブックフェア会場に伺うことになったのですが、その昼食というのがたいへんおいしいものでした。なんでも八色の小龍包が名物のお店ということでしたが、それ以外も実に旨く、特に棗に餅を挟んだ料理は、これをいつも食べられたらなあと思うほどでした。
 昼食の最中には今後の打ち合わせのほか、『聊斎志異』は何故あれほど怪異との結婚に優しいのかといったことや、甘耀明さんや朱天心さんの小説について、以前『世界堂書店』に収録した短編(「シャングリラ」)のことなど、興味深い会話をいろいろと交わすうち、旅の疲れもかき消えました。

 甘耀明『神秘列車』(白水社エクス・リブルス)はたいそう面白い一冊で、なかでも「葬儀でのお話」が大好きなのですが、『神秘列車』には連作二編しか採られていません。台湾では「葬儀でのお話」単体で刊行されていて、全十六話に序章と終章がつくようです。
 読んでみたいですね……(目配せ)。

 昼食を頂いた場所の近くで、書店を見る機会もありました。
 新刊は割引して販売するのがふつうだそうで、本に割引率のシールが貼られているのがなんとも新鮮です。
 ミステリコーナーでは、四人の偉大な作家が大きく紹介されていました。四人というのはコナン・ドイル、ローレンス・ブロック、ダン・ブラウン、京極夏彦です。さすがは!
 連城三紀彦の花葬シリーズを一冊にまとめたものもあり、うれしいことに後日、獨歩文化の方にご恵贈頂きました。

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夢の一冊ですね。


 ほかには、DVD販売コーナーで見つけた「猫戦士」というBOXセットに大いに気を惹かれました。なんでも、子猫軍と成猫軍とが戦う物語だとか……。どんなふうに戦うのか……やはり猫パンチだろうか……。

 ブックフェアの会場は、非常に広大なものでした。
 出版社の見本市がどこまでも続き、中には芸術としての書や古い印刷機、ボードゲームを展示するようなところもあって、本のみならずいわば印刷物のお祭りでした。仕事でなければどれほど面白く見られるかと思うと残念でなりませんでした。
 なんでもこのブックフェアは、国際見本市でもありますが、春節に合わせて開かれ値引率もふだんの書店よりも良いため、お年玉を貰った子供たちが押しかけて思い思いに本を買っていく場になっているのだそうです。活気と歓声に充ち満ちているように見えましたが、それでも今年はカレンダーの都合で春節より前にフェアが開かれたため、例年よりも人の数はずいぶん少ないと聞き、これで少ないのかと驚いたものです。
 子供たちがお年玉を握りしめて本を買いに来るだなんて、なんとも素敵な光景ではありませんか!

 会場では、ミステリ研究家の曲辰さんとの対談をいたしました。同時通訳をして頂いたのは初めての経験です。上手くお答えできたのか、興味を持って頂けるようなことをお話しできたのかまことに心許ないですが、当日開催されたイベントの中でも、特に多くの方に来て頂けたそうで、嬉しいことです。

 対談後は場所を移し、別の媒体からインタビューを受けましたが、ここでは陳舜臣の話ばかりしていたように思います。まさか陳先生の話をする機会があると思わず、楽しくなってしまったのです。
 陳舜臣は著名な歴史作家ですが、むろんミステリの作例も豊富で、台湾ではどちらかといえばミステリ作家として知られていると聞きました。インタビュアーはミステリ関係の方でしたから、一般的にもそう言えるのかはわかりませんが、意外なことです。
 最近台湾では、『怒りの菩薩』が刊行されたそうです。

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 恥ずかしながら未読ですが、なんとかして読んでみたいものです。

 その後は、サイン会のためにブックフェア会場に戻りました。
 翌日は紀伊國屋書店台北店さんでサイン会だったのですが、どちらの会でも、流暢な日本語で挨拶をして下さる方、かわいらしいイラストを送って下さる方、嬉しそうに笑ってくださる方など、さまざまな読者の方々に接することができて、よい時間になりました。

 それにしても、滞在していた三日間、どの食事もとてもおいしいものでした。味が濃すぎず、旨味もわざとらしくなくて、なにを頂いても品が良いのです。
 台湾では以前からこのような味が主流だったのかとお訊きしたところ、以前は甘い物はもっと甘く、塩気のものはもっとしょっぱいことが多かったが、ここ十年ほどで所謂やさしい味のものが増えたと教えて頂きました。

 帰りの飛行機はディレイでしたので、空港でゆっくりと過ごしました。土産物を扱う店に本の売り場もあり、興味深い本もいろいろと見つけました。
 今回は仕事で、しかも三日とも雨でしたからどこにも出かけることは出来ませんでしたが、またいつか、ゆっくりと文化文物を拝見したいものです。
 関係者の皆様方、対談やサイン会に来て下さった方々に、改めてお礼を申し上げます。

posted by 米澤穂信 at 12:42| 近況報告