2019年07月20日

無題


 京都アニメーションが襲われたという凶報に接し、いまでも、信じたくない気持ちが去りません。
 当日は風邪で伏せっていましたが、携帯電話のニュースで第一報を見て、重体者がいると知りました。どうか助かってほしいと息を詰めて続報を待つにつれ、犠牲者は時を追って増え続け、祈るよりほかに出来ることもなく、言葉が出ませんでした。

 京都アニメーションとは、アニメ「氷菓」でお仕事をご一緒しました。
 私は、アニメにはまったく詳しくありません。それだけに、拙作を見込んでお話を頂けたことを嬉しく思いつつも、制作に関してはすべてお任せするつもりでいました。しかし京都アニメーション社制作陣の皆様の、一緒に作ろうという強い熱意に打たれ、及ばずながら私も準備段階に加わることになりました。

 物語というのは得体の知れないもので、きらめきがあるお話でも、ちょっとしたことですべてが色褪せてしまいます。制作陣の皆様は、忍び寄る色褪せを退け、物語を十全に生かそうと、懸命の努力を続けて下さいました。
 ロケーションハンティングの際に良い場所を見つけた時や、ここが小説のイメージに合う場所ですとお伝えした時など、制作陣の方々は目の色が変わって、私などはなまなかに近寄れぬ真剣さでもって資料を集めておられました。
 プロフェッショナルと仕事をするのは快く、頼もしいことです。私は本業のため全ての局面で関わることは出来ませんでしたが、彼らと仕事をしている間は、私が彼らの妨げにならないかと緊張しつつも、とても楽しかったことを憶えています。

 アニメ「氷菓」は、京都アニメーション制作陣の皆様の奮闘が実を結び、すばらしい映像作品になりました。そして長きにわたり、広い地域で、多くの方に愛して頂いています。
 作品が完成すればチームが解散するのはこの仕事の常ですが、それはいつも少し寂しいことです。またどこかでお会いしましょうと言葉を交わして私は作家としての日常に戻っていき、制作陣の皆様は、次の仕事に取りかかっていきました。

 それから七年、私は自分の仕事をしつつも、京都アニメーションの皆様のことは良い思い出として折に触れて思い出していました。
 京都アニメーションから新しいアニメが発表されるたび、時には、彼らは頑張っている、私も頑張ろうと奮起し、時には、彼らが頑張っているのに自分は何だと自らを叱咤してきたのです。
 離れていても、別の仕事をしていても、彼らと私は共に物語という怪物に挑む同志だと感じていました。

 その彼らが凶行に襲われたと知り、友を喪った思いです。決して、決して、あんな悪意をぶつけられるようなひとたちではなかった。
 物ならば直すことも出来ます。直すためにお手伝いできることも、あるかもしれません。ですが、これほどまでに取り返しのつかない犠牲に対しては何も出来ることがなく、いまもただ立ちすくんでいます。
 ただ、犠牲になった方々に、あなたがたが生み出したすばらしさは永遠だとお伝えするすべがあればと思うばかりです。
 負傷者の方々の怪我が少しでも軽いものであり、よく治りますように。

 殺人者への怒りと呪いは、ここでは書かないことにいたします。

米澤穂信

posted by 米澤穂信 at 10:49| お知らせ