2021年02月18日
灰色の靴下
灰色の靴下に穴が開いたので捨てた。
この靴下は病院で買ったのだ。
何年前だったか、ひどい頭痛で、寝れば治ると思って寝たところ、悪化の一途をたどって嘔吐した。#7119に相談し、そのまま救急に繋いでいただいた。
ストレッチャーで運ばれていくとき、必ず戻ってくるがその時にこれがないと困ると思い、救急車に靴を持ち込んだ。
嘘のようだった。点滴から薬が入っていくたび、破滅的な痛みが消えていく。「薄紙を剥ぐように」という慣用句はこういうことであったかと思った(「薄紙を剥ぐよう」にしては、あまりに急激な回復であったが……。猫がいたずらで薄紙をべりべりと際限なく剥がしていくよう?)。
治療を終えて、帰れることになった。こんなこともあろうかと持ち込んでいた靴を履こうとして、素足であることに気がついた。
仕方がないので、病院の売店で、灰色の靴下を買った。
時が経って、その時に買った靴下が破れた。
穴の開いた靴下を捨てて、ひとは死ぬので無理はよくない、と改めて自分に言い聞かせる。
無理のしどころというのはあって、無理しないとどうにもならないこともある。それはそうなのだ。
でも、次は救急要請が間に合うとは限らないし、点滴で済むとは限らないし、もういちど靴を履いて、灰色の靴下を買って、たいしたことなかったねと笑いながら家に帰れるとも限らない。
ひとは死ぬので、無理はよくない。
posted by 米澤穂信 at 18:13| 近況報告