2022年02月22日

「供米」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2022年3・4月合併号


 思えばあの日、私は自らの詩才に見切りをつけたのだという気がする。春雪の言い分はまったく是と出来ないものであったが、それを肯定できないのが私の限界だと悟ったのだ。塩と味噌で酒を飲みながら、私は、私には理解できない小此木春雪よ、君はどこまでも飛んでいくがいいと思っていた。僕は地上にあってそれを見上げよう。
 あれから、世は明治から大正に移った。春雪はもう飛ばない。


 大正。詩人小此木春雪が持病の喘息で世を去ってから一年、遺稿集が刊行された。しかしそこに載った詩は、春雪らしくもない緩みのあるものばかりで、これでは春雪の遺名は下がるばかりに思われた。
 春雪の友人で、その葬儀では挽歌も作した「私」は、遺稿集を出すと決めたのは春雪の細君だという話を聞き、その真意を確かめるべく汽車に乗る。向かうは春雪の故郷にして最期の地、濃州中津川。車中、彼は自分と春雪との友情を思い出してゆく。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇