2010年02月24日

「ナイフを失われた思い出の中に」


『蝦蟇倉市事件〈2〉』(東京創元社)収録
発売日:2010年2月24日 定価:1,785円



 情報を取り扱う上で最もやってはならないのは、当事者の言葉をそのまま伝えることです。先ほどあなたは、真実はいずれ自然と明らかになる、と言いました。ですがあなたもお気づきのように、それはあまりにロマンティックです。
 真実とは、そうであってもらわねば困る状態のことなのです。




 アンソロジー『蝦蟇倉市事件〈2〉』に寄稿した短篇です。

 2007年8月、蝦蟇倉市で一つの殺人事件が起き、容疑者が逮捕されました。
 容疑者は未成年。被害者は、まだ幼い彼の姪です。事件はセンセーションを巻き起こし、多くの報道陣が蝦蟇倉に押しかけます。出所不明の「手記」が出まわるに至って、報道はピークを迎えました。

 数日後。
 蝦蟇倉駅に一人の男が降り立ちます。イタリアの企業に勤め、ビジネスの都合で来日した紳士。彼はこの街で、ルポライターと会う約束をしているのです。
 やがて現れたルポライターは、自分の仕事が終わるまでこの街を観光してはどうかと紳士に勧めます。しかし紳士はルポライターと行動を共にすることを選びました。

 うだるような暑さの中、タクシーで巡る蝦蟇倉市の一日。
 それはやがて、「真実」を巡る短い旅路となっていきます。

posted by 米澤穂信 at 17:02| 雑誌等掲載短篇