2010年04月10日

「満願」


『Story Seller3』(新潮社)収録
発売日:2010年4月10日 定価:800円



「この世はままならぬものです。泥の中でもがくような苦しい日々に遭うこともあります。ですが藤井さん、矜恃を見失ってはなりません。あなたはこれまでよく勉強なさったではないですか。わたしはそれを見ていました。天も見ていたに違いありません。……今日はよく願掛けなさいな」




 ムック「Story Seller3」に掲載された短篇です。

 中野に弁護士事務所を構える藤井の下に、一本の電話が入ります。それは彼が八年前から弁護を担当した刑事被告人・鵜川妙子の出所を伝えるものでした。
 藤井にとって妙子は依頼人であると同時に、思い出深い人物でもあります。……苦学生だった頃、藤井は鵜川家に下宿していたのです。

 下宿時代の藤井は、何としても在学中に司法試験を突破しなければとがむしゃらに勉強を続けていました。その藤井を陰で支えたのが、鵜川妙子です。
 しかし藤井が勉学に打ち込む傍らで、鵜川家には暗い影が忍び寄っていました。妙子の夫、重治は決して勤勉な男ではなかったのです。

 学生時代が終わり、藤井が弁護士への道を歩み始めてから五年。凶報がもたらされます。
 ――鵜川妙子が、借金の取り立てに訪れた金融業者を刺殺した。
 藤井は恩人・妙子のため、全力で裁判を戦いました。
 しかし妙子は、まだ戦う余地のある裁判を、控訴審で投げ出してしまいます。懲役八年の判決を受け入れ、長い年月が始まりました。

 出所の電話を受けて、藤井は事件を回想します。
 鵜川妙子が殺人罪を犯したことは間違いない。しかし……。
 歳月のあいだに彼は経験を重ね、既に情熱ばかりの新鋭弁護士ではありません。
 いまの彼は、事件を冷静に振り返ることができるのです。


 短篇です。
 大変な中にも嬉しさがある仕事になりました。

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posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇