「小説すばる」2013年8月号(集英社)収録 発売日:2013年7月17日 雑誌定価:880円 |
頼まれたわけでもないのに、街のヒーローを気取ることもないだろう。 |
雑誌「小説すばる」に寄稿した短篇です。
松倉詩門が行きつけにしていた床屋が、つぶれてしまった。散髪の場所に困っている松倉を、堀川二郎が誘う。――「ご友人の紹介でご本人様・ご友人様どちらもカット料金四割引」のチケットがあったから。
そうしてある休日、二人は連れだって美容院に向かった。男子二人が肩を並べて散髪に行く現状を、自分たちで笑いの種にしながら。
彼らは歓迎された。わざわざ店長が出てきて、二人を接客したほどに。店長は二人に小さなビニール袋を手渡した。
「お荷物はロッカーにお預け下さい」
そして、噛んで含めるように、こう付け加えた。
「貴重品は、必ず、お手元にお持ち下さいね」
確かに貴重品は手元に持つべきだ……しかし、「必ず」と強調されたことに、二人は小さな違和感を覚える。
髪を切られながら、二人は「必ず」の意味を問いかけ合う。
それはただの退屈しのぎ。美容師との会話を苦手とする松倉を助けるための、単なる場つなぎのはずだった。
しかし、ささやかなこの議論は、いつしか不穏な方向へと進み始めていく。
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