2021年02月18日
灰色の靴下
灰色の靴下に穴が開いたので捨てた。
この靴下は病院で買ったのだ。
何年前だったか、ひどい頭痛で、寝れば治ると思って寝たところ、悪化の一途をたどって嘔吐した。#7119に相談し、そのまま救急に繋いでいただいた。
ストレッチャーで運ばれていくとき、必ず戻ってくるがその時にこれがないと困ると思い、救急車に靴を持ち込んだ。
嘘のようだった。点滴から薬が入っていくたび、破滅的な痛みが消えていく。「薄紙を剥ぐように」という慣用句はこういうことであったかと思った(「薄紙を剥ぐよう」にしては、あまりに急激な回復であったが……。猫がいたずらで薄紙をべりべりと際限なく剥がしていくよう?)。
治療を終えて、帰れることになった。こんなこともあろうかと持ち込んでいた靴を履こうとして、素足であることに気がついた。
仕方がないので、病院の売店で、灰色の靴下を買った。
時が経って、その時に買った靴下が破れた。
穴の開いた靴下を捨てて、ひとは死ぬので無理はよくない、と改めて自分に言い聞かせる。
無理のしどころというのはあって、無理しないとどうにもならないこともある。それはそうなのだ。
でも、次は救急要請が間に合うとは限らないし、点滴で済むとは限らないし、もういちど靴を履いて、灰色の靴下を買って、たいしたことなかったねと笑いながら家に帰れるとも限らない。
ひとは死ぬので、無理はよくない。
posted by 米澤穂信 at 18:13| 近況報告
2020年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
今年は、
1月 『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)刊行 「花影手柄」中篇
2月 『消えた脳病変』(浅ノ宮遼 創元推理文庫)解説 「花影手柄」後篇
3月
4月 日経新聞「半歩遅れの読書術」全四回
5月 「遠雷念仏」前篇
6月 「崖の下」 「ありがとう、コーヒーをどうぞ」 「里芋病」 「友情」 「遠雷念仏」中篇
7月 「遠雷念仏」後篇
8月 「バラ法」
9月 「落日孤影」前篇
10月 「落日孤影」後篇 ワテラスコモン・オンライン読書会
11月 ワセダミステリ・クラブオンライン講演会
12月 「桑港クッキーの謎」
といった感じでした。
世情が騒がしい中、小説の仕事に打ち込んだ一年でした。
史上、さまざまな疫病が流行し、終息していきました。
今回のそれが一日でも短くあることを願います。
posted by 米澤穂信 at 21:16| 近況報告
2020年07月18日
2019年12月31日
2019年07月20日
無題
京都アニメーションが襲われたという凶報に接し、いまでも、信じたくない気持ちが去りません。
当日は風邪で伏せっていましたが、携帯電話のニュースで第一報を見て、重体者がいると知りました。どうか助かってほしいと息を詰めて続報を待つにつれ、犠牲者は時を追って増え続け、祈るよりほかに出来ることもなく、言葉が出ませんでした。
京都アニメーションとは、アニメ「氷菓」でお仕事をご一緒しました。
私は、アニメにはまったく詳しくありません。それだけに、拙作を見込んでお話を頂けたことを嬉しく思いつつも、制作に関してはすべてお任せするつもりでいました。しかし京都アニメーション社制作陣の皆様の、一緒に作ろうという強い熱意に打たれ、及ばずながら私も準備段階に加わることになりました。
物語というのは得体の知れないもので、きらめきがあるお話でも、ちょっとしたことですべてが色褪せてしまいます。制作陣の皆様は、忍び寄る色褪せを退け、物語を十全に生かそうと、懸命の努力を続けて下さいました。
ロケーションハンティングの際に良い場所を見つけた時や、ここが小説のイメージに合う場所ですとお伝えした時など、制作陣の方々は目の色が変わって、私などはなまなかに近寄れぬ真剣さでもって資料を集めておられました。
プロフェッショナルと仕事をするのは快く、頼もしいことです。私は本業のため全ての局面で関わることは出来ませんでしたが、彼らと仕事をしている間は、私が彼らの妨げにならないかと緊張しつつも、とても楽しかったことを憶えています。
アニメ「氷菓」は、京都アニメーション制作陣の皆様の奮闘が実を結び、すばらしい映像作品になりました。そして長きにわたり、広い地域で、多くの方に愛して頂いています。
作品が完成すればチームが解散するのはこの仕事の常ですが、それはいつも少し寂しいことです。またどこかでお会いしましょうと言葉を交わして私は作家としての日常に戻っていき、制作陣の皆様は、次の仕事に取りかかっていきました。
それから七年、私は自分の仕事をしつつも、京都アニメーションの皆様のことは良い思い出として折にふれて思い出していました。
京都アニメーションから新しいアニメが発表されるたび、時には、彼らは頑張っている、私も頑張ろうと奮起し、時には、彼らが頑張っているのに自分は何だと自らを叱咤してきたのです。
離れていても、別の仕事をしていても、彼らと私は共に物語という怪物に挑む同志だと感じていました。
その彼らが凶行に襲われたと知り、友を喪った思いです。決して、決して、あんな悪意をぶつけられるようなひとたちではなかった。
物ならば直すことも出来ます。直すためにお手伝いできることも、あるかもしれません。ですが、これほどまでに取り返しのつかない犠牲に対しては何も出来ることがなく、いまもただ立ちすくんでいます。
ただ、犠牲になった方々に、あなたがたが生み出したすばらしさは永遠だとお伝えするすべがあればと思うばかりです。
負傷者の方々の怪我が少しでも軽いものであり、よく治りますように。
殺人者への怒りと呪いは、ここでは書かないことにいたします。
米澤穂信
posted by 米澤穂信 at 10:49| 近況報告
2018年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
今年は、
二月 『蕃東国年代記』解説
三月 『真実の10メートル手前』文庫化 台北国際ブックフェア 映画「氷菓」ブックレット用対談
四月 「千年紀の窓」 「女性自身」対談
五月 「白木の箱」
六月 「守株」「安寿と厨子王ファーストツアー」 創元初夏のホンまつり一日店長
七月 「ない本」
八月 『王とサーカス』文庫化 「ミステリーズ!」対談 ドラマ『満願』放映
九月 「昔話を聞かせておくれよ」 「ダ・ヴィンチ」対談 下北沢イベント
十月 山形イベント
十二月 『本と鍵の季節』 「伯林あげぱんの謎」 「小説すばる」「青春と読書」対談
といった感じでした。
文庫化二冊、単行本一冊、本が出せるのは本当にありがたいことです。
短編も硬軟織り交ぜて書くことが出来ましたし、対談やトークイベントも、どれも楽しいものでした。
総じて、慌ただしい年でした。来年も本をお届けできるよう、励みます。
ありがとうございました。
posted by 米澤穂信 at 21:53| 近況報告
2018年03月05日
台北国際ブックフェアに行ってきました
こんにちは。米澤です。
去る2月10日、台北で開かれた国際ブックフェスタに、獨歩文化のゲストとしてお招き頂きました(*「歩」は日本の文字とは少し字体が違いますが、機種依存になるようなのでこの文字で代用します)。
台湾に到着したのはその前日、9日のことです。
台湾は寒さ知らずの南国であり、エアコンに暖房機能が不要なほどだと聞いていましたが、その頃ちょうど寒波が到来していて、お出迎え頂いた台湾の方いわく、「死ぬかと思いました」とのこと。
東京で着込んでいた防寒具がそのまま役に立つぐらいで、気温で南国を感じられなかった分、街路樹の枝ぶり葉ぶりに現われる植生の違いに目がいきました。
到着後、複数のミステリ関係の媒体にインタビューをして頂きました。『いまさら翼といわれても』(KADOKAWA)の翻訳が刊行されるタイミングでしたので、もっぱらそれに関するご質問を頂きましたが、インタビュアーの方々には〈古典部〉のほかに、『追想五断章』や『儚い羊たちの祝宴』、『インシテミル』なども好きだとおっしゃって頂けて、本当に広く読んで頂けているんだなと思うと感慨深くてなりません。
また、拙著に関するご質問以外には、どの媒体の方もミステリの書き方や発想法についてお尋ねになることが印象的でした。なんでも、主に若年層を中心に小説を書きたい人々が増えていて、webなどでの発表が増えているとのことです。日本でもインターネット上で小説を書く人々は多い、というか私自身がそうでしたから、いずこも事情は同じといったところでしょうか。
ところで、台湾で『いまさら翼といわれても』が読まれるにあたり、私には一つ疑問がありました。この小説に出てくる千反田という人物は、家がある程度名士であるために、自分も少なからず家業と土地に責任を負っていると感じています。こうした立場が、台湾の読者にもスムーズに理解して頂けるだろうかと思っていたのです。
そこでインタビュアーの方に、千反田のような名望家の富農というのはいるのかとお尋ねしたところ、どちらかと言えば文人がそうした立場に置かれるイメージがある、という主旨のお答えが得られました。なるほど。
また、小説の中で主人公が着る「白いトレンチコート」がしばしば褒められるのはなぜかという質問を頂きました。たぶんほとんどの人物は心から褒めているわけではなく、少し風変わりな服装に当たり障りなく言及しているだけだろうとお答えしたところ、インタビュアーの方は「ああ。タテマエ」と納得されていました。そうですね。
翌朝は宿で朝食を頂いたのですが、朝食ビュッフェの会場で真っ先に聞こえてきた言葉は、「せやからおかあちゃんはコーヒー飲まんかってんや」でした。どこにいるのかわからなくなった。
午前中はサイン本や色紙の作成に当て、昼食を頂いた後でいよいよブックフェア会場に伺うことになったのですが、その昼食というのがたいへんおいしいものでした。なんでも八色の小龍包が名物のお店ということでしたが、それ以外も実に旨く、特に棗に餅を挟んだ料理は、これをいつも食べられたらなあと思うほどでした。
昼食の最中には今後の打ち合わせのほか、『聊斎志異』は何故あれほど怪異との結婚に優しいのかといったことや、甘耀明さんや朱天心さんの小説について、以前『世界堂書店』に収録した短編(「シャングリラ」)のことなど、興味深い会話をいろいろと交わすうち、旅の疲れもかき消えました。
甘耀明『神秘列車』(白水社エクス・リブルス)はたいそう面白い一冊で、なかでも「葬儀でのお話」が大好きなのですが、『神秘列車』には連作二編しか採られていません。台湾では「葬儀でのお話」単体で刊行されていて、全十六話に序章と終章がつくようです。
読んでみたいですね……(目配せ)。
昼食を頂いた場所の近くで、書店を見る機会もありました。
新刊は割引して販売するのがふつうだそうで、本に割引率のシールが貼られているのがなんとも新鮮です。
ミステリコーナーでは、四人の偉大な作家が大きく紹介されていました。四人というのはコナン・ドイル、ローレンス・ブロック、ダン・ブラウン、京極夏彦です。さすがは!
連城三紀彦の花葬シリーズを一冊にまとめたものもあり、うれしいことに後日、獨歩文化の方にご恵贈頂きました。
ほかには、DVD販売コーナーで見つけた「猫戦士」というBOXセットに大いに気を惹かれました。なんでも、子猫軍と成猫軍とが戦う物語だとか……。どんなふうに戦うのか……やはり猫パンチだろうか……。
ブックフェアの会場は、非常に広大なものでした。
出版社の見本市がどこまでも続き、中には芸術としての書や古い印刷機、ボードゲームを展示するようなところもあって、本のみならずいわば印刷物のお祭りでした。仕事でなければどれほど面白く見られるかと思うと残念でなりませんでした。
なんでもこのブックフェアは、国際見本市でもありますが、春節に合わせて開かれ値引率もふだんの書店よりも良いため、お年玉を貰った子供たちが押しかけて思い思いに本を買っていく場になっているのだそうです。活気と歓声に充ち満ちているように見えましたが、それでも今年はカレンダーの都合で春節より前にフェアが開かれたため、例年よりも人の数はずいぶん少ないと聞き、これで少ないのかと驚いたものです。
子供たちがお年玉を握りしめて本を買いに来るだなんて、なんとも素敵な光景ではありませんか!
会場では、ミステリ研究家の曲辰さんとの対談をいたしました。同時通訳をして頂いたのは初めての経験です。上手くお答えできたのか、興味を持って頂けるようなことをお話しできたのかまことに心許ないですが、当日開催されたイベントの中でも、特に多くの方に来て頂けたそうで、嬉しいことです。
対談後は場所を移し、別の媒体からインタビューを受けましたが、ここでは陳舜臣の話ばかりしていたように思います。まさか陳先生の話をする機会があると思わず、楽しくなってしまったのです。
陳舜臣は著名な歴史作家ですが、むろんミステリの作例も豊富で、台湾ではどちらかといえばミステリ作家として知られていると聞きました。インタビュアーはミステリ関係の方でしたから、一般的にもそう言えるのかはわかりませんが、意外なことです。
最近台湾では、『怒りの菩薩』が刊行されたそうです。
恥ずかしながら未読ですが、なんとかして読んでみたいものです。
その後は、サイン会のためにブックフェア会場に戻りました。
翌日は紀伊國屋書店台北店さんでサイン会だったのですが、どちらの会でも、流暢な日本語で挨拶をして下さる方、かわいらしいイラストを送って下さる方、嬉しそうに笑ってくださる方など、さまざまな読者の方々に接することができて、よい時間になりました。
それにしても、滞在していた三日間、どの食事もとてもおいしいものでした。味が濃すぎず、旨味もわざとらしくなくて、なにを頂いても品が良いのです。
台湾では以前からこのような味が主流だったのかとお訊きしたところ、以前は甘い物はもっと甘く、塩気のものはもっとしょっぱいことが多かったが、ここ十年ほどで所謂やさしい味のものが増えたと教えて頂きました。
帰りの飛行機はディレイでしたので、空港でゆっくりと過ごしました。土産物を扱う店に本の売り場もあり、興味深い本もいろいろと見つけました。
今回は仕事で、しかも三日とも雨でしたからどこにも出かけることは出来ませんでしたが、またいつか、ゆっくりと文化文物を拝見したいものです。
関係者の皆様方、対談やサイン会に来て下さった方々に、改めてお礼を申し上げます。
posted by 米澤穂信 at 12:42| 近況報告
2016年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
2016年の終わりにあたり、今年の総括をします。
今年は総じて低調な一年でした。二月から三月にかけてひどい痛みに襲われ、打ち合わせをキャンセルすること数度、いちど仕事を止めて受診や検査に明け暮れましたが、これといって問題は見つかりませんでした。
その後、仕事の状況が変化してから、痛みがほぼ消えたのがありがたいところです。
一月は岐阜県立図書館にお招き頂いて、講演をいたしました。(講演録は「文芸カドカワ」に収録されています)。また、短篇「いまさら翼といわれても」の後篇が「野性時代」に載りました。
二月は「GRANTA JAPAN with 早稲田文学 03」に短篇「竹の子姫」を載せて頂きました。紙幅に制限がある中、「虫愛ずる姫君」と密室トリック(ジャック・フットレル「十三号独房の問題」の系譜に連なるものです)を書けた、心残りと楽しさが同居する仕事でした。
三月は「ダ・ヴィンチ」で有栖川有栖先生と対談をいたしました。なにぶん私も新本格の直撃を受けていますのでどうしても固くなってしまいましたが、ホテルに関する話がとりわけ面白かったです。
四月は「女性自身」で柚月裕子さんと対談をいたしました。日常の謎から書誌を始めた私と、警察や検察の世界を描いて評価の高い柚木さんではずいぶん傾向が違いますが、誌面には収まらないほど話が盛り上がりました。
五月は、記録を見る限り、ようやく体調が回復に向かったことで遅れていた仕事を進め、溜まっていた連絡を取ることなどに忙殺されていたようです。
六月は「ユリイカ」の妖怪特集に、短篇「野風」を載せて頂きました。郡代の息子、鉄太郎が散策中ふと墓地に迷い込み、加藤清正の孫の墓を見つけるという物語です。天狗が出て来ますが、天狗は妖怪かと訊かれて驚きました。
七月は「本の雑誌」にエッセイ「鷹と犬」を寄稿しました。名物企画、三万円分の本を買い、その様子をレポートしたものです。前半戦までしか書けなかったので、どこかで後半戦も書きたいと思っていましたが、なかなかままなりません。
八月は「文芸カドカワ」に短篇「箱の中の欠落」を載せて頂きました。短篇集の冒頭に置くことを想定していたため、掉尾を飾る「いまさら翼といわれても」とはいろいろ対比する点があります。たとえばどちらも、折木の料理が出来上がったところで電話がかかってきます。
九月は、先月に続いて「文芸カドカワ」に、「わたしたちの伝説の一冊」が載りました。電子メディアならではの枚数無制限につられ、ずいぶん勢いよく書いたことを憶えています。
十月は、短篇「花冠の日」を新たに併録した、『さよなら妖精』の新装版が刊行されました。小説が長く読まれ、その寿命が保たれるのはこの上ない喜びです。しかも、新装版は版を重ねることができました。しみじみと喜んだものです。
十一月は金沢学院大学のお招きを受けて公開講座に出させて頂き、その翌週には福岡県大刀洗町立図書館で講演をいたしました。そして月末にはとうとう、〈古典部〉の短篇集、『いまさら翼といわれても』を読者の方々にお届けすることができました。
十二月は短篇「巴里マカロンの謎」を「ミステリーズ!」に載せて頂きました。久しぶりの〈小市民〉です。そして都内二ヶ所、それと大阪で『いまさら翼といわれても』のサイン会を開いて頂きました。先月から続いてなかなかの強行軍でしたが、読者と直接接するのは何よりの喜びです。これからもいろいろ書いていくつもりですが、やはり〈古典部〉や〈小市民〉も大事にしたいと、改めて痛感いたしました。
こうして書き出してみても、年の前半はやや低調で、後半にかけて調子が上がってきた様子がわかります。
このまま、2017年はよい滑り出しをしたいものです。
今年もありがとうございました。どうぞ来年も、よろしくお願いいたします。
posted by 米澤穂信 at 05:49| 近況報告
2015年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
今年は前半を『王とサーカス』(東京創元社)に費やし、後半にバラエティに富む仕事をしていた印象があります。
実は昨年来少し体調を崩してしまい、『王とサーカス』は自分のコンディションとにらめっこをしながらじりじりと書いていくことになりました。昨年中には上梓できる予定だったことを思えば、今年7月刊行というのは不甲斐なくも待っていた読者のみなさまに申し訳ない結果ではあるのですが、自分の印象としては、ようやく刊行に辿り着けてずいぶんほっとしたというのが偽らざるところです。
7月の『王とサーカス』刊行後は、東京で二ヶ所、名古屋、大阪でそれぞれ一ヶ所、合計四ヶ所でのサイン会という初めての経験をさせて頂きました。
酷暑の中かつスケジュールの合間を縫った(「ミステリーズ!新人賞」の選考会が近かったのです!)タフなイベントでしたが、振り返ればずいぶん晴れがましく、楽しいものだったと思います。
整髪料を持っていくのを忘れて深夜の名古屋駅をうろうろしたり、大阪のモダン焼きに舌鼓を打ったりいたしました。
また、6月には『リカーシブル』(新潮社)が文庫化されました。
これの単行本を出すとき、ゲラ作業はゆえあって北海道でやったことを思い出します。
文庫化にあたって、装幀は清潔感と謎めいた感じが両立する素敵なものになりました。本書の主人公ハルカの気負いようは、好きです。長く手にとってもらえる一冊になればと思っています。
8月には雑誌「ダ・ヴィンチ」9月号(メディアファクトリー)で特集を組んで頂きました。
これはなかなかたいへんなお仕事だったはずなのですが、それよりもいろんな方とお話しできた楽しさばかりが思い出されます。杉江松恋さんと私の全仕事を振り返ったインタビューは、あれ何時間ぐらいかかりましたか。長いとまったく思っていなかったので、時計を見てびっくりしたものです。打てば響くような辻村深月さんとのお話も楽しかった。別れ際にほうとうの美味しい店を教えてもらったのですが、現地に行く時間が取れず、後の原稿に反映させられなかったのは残念です。
「CREA」12月号には西崎憲さんとの対談が載りました。対談の場では圧倒されるばかりで見当外れのことばかり話していたような気がしますが、誌面ではうまくまとめて頂きました。
短篇は10月、「オール讀物」(文藝春秋)に「重い本」を書きました。
これは〈甦り課〉シリーズの三作目、そろそろゴールが見えてきたかなと思いつつ、まだもう少し仕掛けることが残っています。
また、12月から二ヶ月連続で、「野性時代」(KADOKAWA)に「いまさら翼といわれても」を載せていただくことになりました。〈古典部〉の新作です。読んで下さったみなさまの反応が楽しみでもあり不安でもあり、この仕事をしていて、刊行直前のいまがいちばん浮き足立つ時期です。
そして12月に、『真実の10メートル手前』(東京創元社)を出すことが出来ました。
遡れば、最初に書いた短篇はもう八年前のものです。ずいぶん長い間、太刀洗万智の小説を書いてきたんだなと感慨深くなります。『王とサーカス』の刊行から間を空けずに短篇集を出せたのは、ほとんど偶然です(経緯は『真実の10メートル手前』のあとがきをご覧下さい)。が、素敵な偶然でした。
年末には各種ミステリランキングで『王とサーカス』を高く評価していただきました。光栄です。
来年は長篇一冊、短篇集一冊を出したいと目論んでいます。いいものになりますように。いいものをお届けできますように。
今年もありがとうございました。来年もがんばります。
posted by 米澤穂信 at 16:50| 近況報告
2015年08月16日
三都物語です
こんにちは。米澤です。
新刊『王とサーカス』(東京創元社)の発売に伴い、七月末から八月上旬にかけて、四ヶ所でサイン会を開いていただきました。
……東京以外でのサイン会もちょくちょく経験があるとはいえ、四ヶ所というのはさすがに初めてです。各百人の定員ですので、計四百人。それほどの読者は来て下さるのか、そして私の体力が保つのか、いろいろ不安はあったものの楽しみにしていました。
最初は池袋、次は新宿会場でした。
新宿は、これまでも幾度もお世話になっている紀伊國屋書店新宿本店さんが会場でしたので、勝手もわかっています。控室から会場までのルートに始まって、手伝っていただく係の方の動線、手洗場の場所まで把握していますので、心配なことはありませんでした。
ですがジュンク堂池袋本店さんは初めて。何が出来るというわけでもないのですが少し早めに行って、あちらこちらと見てまわっているうち、サイン会に来て下さる読者の方と鉢合わせして少しお話したりもしました。
池袋会場は四会場で最初に、新宿会場は最後にサイン会整理券の配布を始めたのですが、どちらも即日予約満了となりました。池袋は「(単行本が一年以上ぶりなので)大丈夫かな……」、新宿は「(既に300人分以上の整理券が各所で配布済みなので)大丈夫かな……」と思っていましたが、蓋を開けてみればこの結果、これにはさすがに驚き、大勢の方が待っていて下さったのだと実感するといろいろ思うところもあり。
当日は遠方の東北、北海道、中国地方、中国からの読者にも来て頂いていました。喜んで頂けていればいいなと思います。
翌週は名古屋、大阪とまわりました。
名古屋は滞在時間が短く、名古屋駅の周辺しか見ることが出来なかったのですが、やはり人々の装いが華やかですね。休日ということもありましたが、名古屋駅島屋前、待ち合わせの名所大時計のまわりは、パステルカラーからビビッドカラーまで一通り揃うように思うほど、実に色彩が豊かでした。
男性は無柄のシャツを、女性は何かイベントがあったのか、それとも夏のお出かけの定番なのか、浴衣姿を多く見かけました。あれがほんとの名古屋帯……だったのかどうかは、よく見ませんでしたけれども。
星野書店近鉄パッセ店さんで開かれたサイン会はスムーズに進み、一人あたりほんの一言二言ぐらいではありましたが、読者の方々とお話し出来たのは嬉しいことでした。名古屋でのサイン会は『秋期限定栗きんとん事件』以来でしたが、前回も来て下さった方も、幾人かいらっしゃいました。既に結構な月日が流れていますが、私の本を読み続けてくださったのだと思うと、ありがたい限りです。
スケジュールの都合上、翌日の昼は新幹線の車内で駅弁と食べることになっていましたので、名古屋で帰る駅弁をいろいろ調べ、楽しみにもしていました。ところが当日は暑さにやられたのかいまひとつ食欲がなく、味の濃いものは避けたい気分でしたので、帆立の炊き込みご飯に落ち着きました。おいしかったのですが、名にし負う名古屋飯を食べ損ねたような気がしたのは、残念ではあります。
大阪での会場は紀伊國屋書店グランフロント大阪店さんでした。とにかく灼熱の日で、空調の効いた控室に入った瞬間、「生きて辿り着けた……」という思いを禁じ得ませんでした。
会場の壁には、驚いたことに、『王とサーカス』の舞台であるネパールの写真が幾枚も飾られていました。それも、小説に関わりのある場所や道具を選ぶ凝りようです。拙作からの引用文も掲示されていて、たいへん嬉しく、感慨深いことでした。
近畿には講演会などでしばしば伺っていたのですが、大坂でのサイン会は『折れた竜骨』以来、二回目になります。こちらでも、前回のサイン会にも来て下さったという方が大勢いらっしゃいました。
当日は大坂に泊まりました。
サイン会場で読者の方から頂いたメッセージで梅田においしいお好み焼き屋があると知ったので、そちらで昼を済ませたのですが、なるほどおいしかった。供されたのは私がイメージしていたモダン焼きとは異なる食べ物でしたが、名物に旨いものなしの諺を覆す経験でした。
せっかくと思い難波から心斎橋にかけて少し歩きましたが、歩いている人々の服装が基本的にモノトーンであることに驚きました。白と黒を上手に組み合わせ、ほとんど色を使わない。もし使うとしたら、目を欺くような綺麗な赤や深い緑を思い切って使う。柄はないか、あるとしても細いストライプで、チェックはまったく見かけませんでした。
吉祥寺一ヶ所を見て東京全体のファッションを語るような愚を犯しているのかもしれませんが、シックやスタンダードを良しとする文化があるのかなと感じる滞在でした。
帰り、この一週間は少したいへんだったので楽しいことをしても良かろうと、新幹線の中でスジャータのアイスクリームを優雅に頂く予定でした。
しかしころりと眠ってしまい、気がついたら新幹線は小田原駅を通過。慌てて買った白桃のアイスはアイスクリームではなく幾分かシャーベットに近いアイスミルク、おいしいのですが望んでいた食感ではなく、ついでに言えばかちこちに凍っていたので表面をスプーンでつついているうちに新横浜に到着し、品川までの十数分で一気呵成にかきこむ羽目になりました。
これ違う、私が予定していた優雅なアイスクリームタイムとは違うという悔いが残りましたので、またいずれ機会がありましたら、出張サイン会にお招きいただきたいと思います。
関係者の皆さま、サイン会に来て下さった皆さま、ありがとうございました。
posted by 米澤穂信 at 17:38| 近況報告
2012年11月09日
注文マシマシの料理店です
「小説を書いていて、気分転換にはどんなことをしますか?」
「小咄を書いて遊びます」
こんにちは。米沢穂積です。
仕事が立て込んで、夕食を食べ損ねました。
普段なら家に帰って適当にあるものをつまむのですが、ふと思いついて、最近オープンしたばかりの「こだわりのらーめん屋」に行くことにしました。道路沿いに赤提灯型の看板を出していて、前から気になってはいたんです。
看板にひときわ大きく書かれていたので勘違いしたのですが、「こだわりのらーめん屋」はあくまでキャッチフレーズで、「ジュゲム」というのが店の名前のようでした。
威勢のいい「いらっしゃっせー」に迎えられて入った店内は、黒を基調に古い木造建築を模していて、壁には何やら大きなパネルがかけられていました。パネルには極太の筆で(あるいはそう見えるフォントで)、いかにこの店の店長がラーメンに人生を賭けているか、またラーメンが人生を賭けるに足るものであるか、私の胸までも熱くするほどに情熱的な文章が書かれていました。
座面の丸い回転椅子に腰を下ろすと、輝くような笑顔の男の子が水を持って来てくれました。
「らっしゃっせ! ご注文は後ほどにいたしますか?」
「いえ。ラーメンを下さい」
「ラーメン一丁、かしこまりました!」
そして彼は、伝票を取り出し鉛筆を構えました。
「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
なるほど、いま、そういうお店も多いようです。
「いえ、普通でお願いします」
「麺のゆで加減普通で、かしこまりました!」
「大盛サービスとなっておりますが、いかがなさいますか?」
空腹ではありますが、大盛ラーメンを食べるような時刻でもありません。
「並でお願いします」
「量は並で、かしこまりました!」
「ネギは白ネギを使っておりますが、青ネギに変更できます」
どういうラーメンなのかわかりませんが、まあ、青ネギの強い香りが合うか試すのは後日でもいいでしょう。
「いえ、普通の白ネギでお願いします」
「ネギも大盛に出来ますが」
ちょっと悩みましたが、大盛と言っててんこもりになって出てきては困ります。
「普通でお願いします」
「ネギ普通で、かしこまりました!」
「海苔を岩海苔にも変更できますが、いかがなさいますか?」
海苔を添えたラーメンも久しぶりという気がします。岩海苔も好きですが、今日はぱりっとした海苔の気分です。
「普通でお願いします」
「海苔普通で、かしこまりました!」
「海苔はラーメンにお乗せしてよろしいですか?」
なるほど、確かに湿気るのを嫌って、別に添える手もあるわけです。それも面白そうですが、やはりそれではラーメンらしくない気がします。
「乗せてください」
「海苔乗せで、かしこまりました!」
「麺はふつうの縮れ麺の他に、中太麺、細麺もお選びいただけますが、いかがなさいますか?」
そういうお店も、増えているようです。
「普通の縮れ麺でお願いします」
「縮れ麺で、かしこまりました!」
「縮れ麺は手もみと機械揉みがございますが、いかがなさいますか?」
どう違うのでしょう。大した違いはなさそうですが、いちおう、
「手もみでお願いします」
「手もみ縮れ麺で、かしこまりました!」
「お好みで背脂を振りかけることもできますが、いかがなさいますか?」
こってりが好きな方には嬉しいサービスかもしれませんが、いまはいらない気分です。
「いえ、いりません」
「背脂ぬきで、かしこまりました!」
「煮卵はおつけしますか?」
ラーメン屋に入った時点である程度の覚悟はしていますが、なにしろ夜も遅いですから、ちょっとカロリーは控えたいところです。
「いえ、いりません」
「煮卵、ゆで卵とお選び頂けるんですが」
つい誘われそうになりますが、ここは意志貫徹です。
「いえ、いりません」
「卵ぬきで、かしこまりました!」
「サービスライスが50円でお出しできますが、いかがなさいますか?」
ラーメンライスという響きには郷愁を憶えますが、やはりそんなには食べられそうもありません。
「いえ、いりません」
「ライスなしで、かしこまりました!」
「150円でチャーハンセットにもできますが、いかがなさいますか?」
ぱらりとした炒飯なら食べたい気もしますが、やはり今度にした方が良さそうです。
「いえ、いりません」
「チャーハンなしで、かしこまりました!」
「紅ショウガが乗りますが、よろしいでしょうか?」
ああ、なんだか懐かしい感じですね。特に好きというわけではありませんが、取っていただくほど嫌いでもありません。
「はい」
「紅ショウガありで、かしこまりました!」
「かしこまりました! お客さま、もしTeaポイントカードをお持ちでしたら、ポイントをおつけしますが、お持ちでしょうか?」
実は持っているのですが、財布から出すのも面倒です。常連になってからポイントを溜め始めても遅くはないでしょう。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました!」
「お客さま、もし当店のポイントカードをお持ちでしたら、先にご提示頂くと大盛五十円引きほか、お得なサービスをご用意してございますが、お持ちでしょうか?」
昨今、ポイントカードがない店を選ぶのは大変です。そして残念なことに、財布にもカード入れにも物理的な容量というものがあります。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました! すぐにお作りできますが、いかがなさいますか?」
「いえ、いりません」
「かしこまりました!」
「味の濃いめ薄いめ、お選び頂けますが、いかがなさいますか?」
そういうお店も多いようです。今回は初めてですから、
「普通でお願いします」
「味は普通で、かしこまりました!」
「200円でビールがセットになりますが、いかがなさいますか?」
車で来ています。
「いえ、いりません」
「ビールなし単品で、かしこまりました!」
「150円でソフトドリンクがセットになりますが、いかがなさいますか?」
欲しくなれば、後からお願いしてもあまり高くならないようです。
「いえ、いりません」
「ソフトドリンクなし単品で、かしこまりました!」
「その他、唐揚げや餃子など、お得なセットもご用意していますが、いかがなさいますか?」
食べきれる自信がありません。
「いえ、いりません」
「ラーメン単品で、かしこまりました!」
「当店、スープに甲殻類を使っておりますが、アレルギーなどございませんでしょうか」
ラーメンですので小麦・卵は使っているでしょうが、甲殻類は確かに言われなければわかりませんでした。
「はい」
「スープノーマルで、かしこまりました!」
「チャーシューの脂身、多め少なめ、お選び頂けますが」
背脂をお願いしなかったので、チャーシューはまあ普通でもいいかなと思いました。
「普通でお願いします」
「チャーシュー普通で、かしこまりました!」
「当店、製麺会社は成田屋さんにお願いしていますが、ご希望のお客さまには羽田屋さんの麺もお願いしています。いかがですか?」
と言われましても、差がわかりません。
「成田屋さんのでお願いします」
「成田屋さんで、かしこまりました!」
「その他、何かご希望がおありでしたら、出来る限り承りますが」
いまのところ、何も思いつきません。
「いえ、普通でお願いします」
「特別なご注文なしで、かしこまりました!」
「ただいまお作りいたしますが、三、四分お待ちいただきます。よろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
彼は、手元の伝票に目を落とし、慎重に言います。
「ご注文繰り返します。ラーメン一丁ですね」
「はい」
「ありがとうございます!」
そして彼は、私の注文を正確に厨房に伝えるべく、声を張り上げました。
「オーダー! ラーメン一丁!」
さすがに「こだわりのらーめん屋」、親切で行き届いていることだなあ、と感心しきりだったのですが、ちょっとした続きがありました。
ようやくラーメンにありついて、オーソドックスな醤油ラーメン、なかなか旨そうだと割り箸を割った私のところに、店主らしい強面の男性がやってきたのです。彼は私に向けて、いきなり頭を下げました。
「申し訳ありません! こだわりのラーメンをお作りするはずが、私の教育が行き届きませんで、とんでもない失態を!」
いまにも土下座せんばかりの勢いです。ラーメンがのびるのを気にしながら、私は訊きました。
「どうしましたか?」
「お客さまのご注文はラーメン一丁でしたが、そのラーメンはラーメンではないのです」
「そうですか?」
手元の丼からは、いかにも旨そうな香りが立ち上っています。
「これがラーメンでないなら、いったいなんですか」
店主は悄然として答えます。
「それは、ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンです」
「ははあ」
私は首を傾げました。
「しかし、ラーメンとナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンでは、何が違うのですか?」
「何がって!」
途端に店主は、あきれと驚きをあからさまに顔に出し、目を瞠りました。
「お客さま、メニューにあるこの写真が、当店のラーメンです。ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンとはまるで、全然、根本的に違うじゃないですか」
「というと」
怒りを押し殺した声で、店主は言います。
「見ればわかるでしょう。メンマが入ってない」
「ははあ」
なるほど。マヌケ。
「いますぐ、ただちに、大至急でお好みのラーメンをお持ちします。ですがその前に、ご注文を確認いたします……」
「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
「いえ、普通でお願いします」
そういえば、近所に中華料理屋のいいところを見つけてから、ラーメン屋ってあまり行っていません。
「小咄を書いて遊びます」
こんにちは。米沢穂積です。
仕事が立て込んで、夕食を食べ損ねました。
普段なら家に帰って適当にあるものをつまむのですが、ふと思いついて、最近オープンしたばかりの「こだわりのらーめん屋」に行くことにしました。道路沿いに赤提灯型の看板を出していて、前から気になってはいたんです。
看板にひときわ大きく書かれていたので勘違いしたのですが、「こだわりのらーめん屋」はあくまでキャッチフレーズで、「ジュゲム」というのが店の名前のようでした。
威勢のいい「いらっしゃっせー」に迎えられて入った店内は、黒を基調に古い木造建築を模していて、壁には何やら大きなパネルがかけられていました。パネルには極太の筆で(あるいはそう見えるフォントで)、いかにこの店の店長がラーメンに人生を賭けているか、またラーメンが人生を賭けるに足るものであるか、私の胸までも熱くするほどに情熱的な文章が書かれていました。
座面の丸い回転椅子に腰を下ろすと、輝くような笑顔の男の子が水を持って来てくれました。
「らっしゃっせ! ご注文は後ほどにいたしますか?」
「いえ。ラーメンを下さい」
「ラーメン一丁、かしこまりました!」
そして彼は、伝票を取り出し鉛筆を構えました。
「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
なるほど、いま、そういうお店も多いようです。
「いえ、普通でお願いします」
「麺のゆで加減普通で、かしこまりました!」
「大盛サービスとなっておりますが、いかがなさいますか?」
空腹ではありますが、大盛ラーメンを食べるような時刻でもありません。
「並でお願いします」
「量は並で、かしこまりました!」
「ネギは白ネギを使っておりますが、青ネギに変更できます」
どういうラーメンなのかわかりませんが、まあ、青ネギの強い香りが合うか試すのは後日でもいいでしょう。
「いえ、普通の白ネギでお願いします」
「ネギも大盛に出来ますが」
ちょっと悩みましたが、大盛と言っててんこもりになって出てきては困ります。
「普通でお願いします」
「ネギ普通で、かしこまりました!」
「海苔を岩海苔にも変更できますが、いかがなさいますか?」
海苔を添えたラーメンも久しぶりという気がします。岩海苔も好きですが、今日はぱりっとした海苔の気分です。
「普通でお願いします」
「海苔普通で、かしこまりました!」
「海苔はラーメンにお乗せしてよろしいですか?」
なるほど、確かに湿気るのを嫌って、別に添える手もあるわけです。それも面白そうですが、やはりそれではラーメンらしくない気がします。
「乗せてください」
「海苔乗せで、かしこまりました!」
「麺はふつうの縮れ麺の他に、中太麺、細麺もお選びいただけますが、いかがなさいますか?」
そういうお店も、増えているようです。
「普通の縮れ麺でお願いします」
「縮れ麺で、かしこまりました!」
「縮れ麺は手もみと機械揉みがございますが、いかがなさいますか?」
どう違うのでしょう。大した違いはなさそうですが、いちおう、
「手もみでお願いします」
「手もみ縮れ麺で、かしこまりました!」
「お好みで背脂を振りかけることもできますが、いかがなさいますか?」
こってりが好きな方には嬉しいサービスかもしれませんが、いまはいらない気分です。
「いえ、いりません」
「背脂ぬきで、かしこまりました!」
「煮卵はおつけしますか?」
ラーメン屋に入った時点である程度の覚悟はしていますが、なにしろ夜も遅いですから、ちょっとカロリーは控えたいところです。
「いえ、いりません」
「煮卵、ゆで卵とお選び頂けるんですが」
つい誘われそうになりますが、ここは意志貫徹です。
「いえ、いりません」
「卵ぬきで、かしこまりました!」
「サービスライスが50円でお出しできますが、いかがなさいますか?」
ラーメンライスという響きには郷愁を憶えますが、やはりそんなには食べられそうもありません。
「いえ、いりません」
「ライスなしで、かしこまりました!」
「150円でチャーハンセットにもできますが、いかがなさいますか?」
ぱらりとした炒飯なら食べたい気もしますが、やはり今度にした方が良さそうです。
「いえ、いりません」
「チャーハンなしで、かしこまりました!」
「紅ショウガが乗りますが、よろしいでしょうか?」
ああ、なんだか懐かしい感じですね。特に好きというわけではありませんが、取っていただくほど嫌いでもありません。
「はい」
「紅ショウガありで、かしこまりました!」
「かしこまりました! お客さま、もしTeaポイントカードをお持ちでしたら、ポイントをおつけしますが、お持ちでしょうか?」
実は持っているのですが、財布から出すのも面倒です。常連になってからポイントを溜め始めても遅くはないでしょう。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました!」
「お客さま、もし当店のポイントカードをお持ちでしたら、先にご提示頂くと大盛五十円引きほか、お得なサービスをご用意してございますが、お持ちでしょうか?」
昨今、ポイントカードがない店を選ぶのは大変です。そして残念なことに、財布にもカード入れにも物理的な容量というものがあります。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました! すぐにお作りできますが、いかがなさいますか?」
「いえ、いりません」
「かしこまりました!」
「味の濃いめ薄いめ、お選び頂けますが、いかがなさいますか?」
そういうお店も多いようです。今回は初めてですから、
「普通でお願いします」
「味は普通で、かしこまりました!」
「200円でビールがセットになりますが、いかがなさいますか?」
車で来ています。
「いえ、いりません」
「ビールなし単品で、かしこまりました!」
「150円でソフトドリンクがセットになりますが、いかがなさいますか?」
欲しくなれば、後からお願いしてもあまり高くならないようです。
「いえ、いりません」
「ソフトドリンクなし単品で、かしこまりました!」
「その他、唐揚げや餃子など、お得なセットもご用意していますが、いかがなさいますか?」
食べきれる自信がありません。
「いえ、いりません」
「ラーメン単品で、かしこまりました!」
「当店、スープに甲殻類を使っておりますが、アレルギーなどございませんでしょうか」
ラーメンですので小麦・卵は使っているでしょうが、甲殻類は確かに言われなければわかりませんでした。
「はい」
「スープノーマルで、かしこまりました!」
「チャーシューの脂身、多め少なめ、お選び頂けますが」
背脂をお願いしなかったので、チャーシューはまあ普通でもいいかなと思いました。
「普通でお願いします」
「チャーシュー普通で、かしこまりました!」
「当店、製麺会社は成田屋さんにお願いしていますが、ご希望のお客さまには羽田屋さんの麺もお願いしています。いかがですか?」
と言われましても、差がわかりません。
「成田屋さんのでお願いします」
「成田屋さんで、かしこまりました!」
「その他、何かご希望がおありでしたら、出来る限り承りますが」
いまのところ、何も思いつきません。
「いえ、普通でお願いします」
「特別なご注文なしで、かしこまりました!」
「ただいまお作りいたしますが、三、四分お待ちいただきます。よろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
彼は、手元の伝票に目を落とし、慎重に言います。
「ご注文繰り返します。ラーメン一丁ですね」
「はい」
「ありがとうございます!」
そして彼は、私の注文を正確に厨房に伝えるべく、声を張り上げました。
「オーダー! ラーメン一丁!」
さすがに「こだわりのらーめん屋」、親切で行き届いていることだなあ、と感心しきりだったのですが、ちょっとした続きがありました。
ようやくラーメンにありついて、オーソドックスな醤油ラーメン、なかなか旨そうだと割り箸を割った私のところに、店主らしい強面の男性がやってきたのです。彼は私に向けて、いきなり頭を下げました。
「申し訳ありません! こだわりのラーメンをお作りするはずが、私の教育が行き届きませんで、とんでもない失態を!」
いまにも土下座せんばかりの勢いです。ラーメンがのびるのを気にしながら、私は訊きました。
「どうしましたか?」
「お客さまのご注文はラーメン一丁でしたが、そのラーメンはラーメンではないのです」
「そうですか?」
手元の丼からは、いかにも旨そうな香りが立ち上っています。
「これがラーメンでないなら、いったいなんですか」
店主は悄然として答えます。
「それは、ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンです」
「ははあ」
私は首を傾げました。
「しかし、ラーメンとナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンでは、何が違うのですか?」
「何がって!」
途端に店主は、あきれと驚きをあからさまに顔に出し、目を瞠りました。
「お客さま、メニューにあるこの写真が、当店のラーメンです。ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンとはまるで、全然、根本的に違うじゃないですか」
「というと」
怒りを押し殺した声で、店主は言います。
「見ればわかるでしょう。メンマが入ってない」
「ははあ」
なるほど。マヌケ。
「いますぐ、ただちに、大至急でお好みのラーメンをお持ちします。ですがその前に、ご注文を確認いたします……」
「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
「いえ、普通でお願いします」
そういえば、近所に中華料理屋のいいところを見つけてから、ラーメン屋ってあまり行っていません。
posted by 米澤穂信 at 03:38| 近況報告
2012年10月31日
掘り出し物です
こんにちは。米澤です。
先日、ちょっと仕事の手が空いたので、パソコンのデスクトップを掃除しました。
あまりデスクトップにアイコンは置かない主義なのですが、仕事が立て込むと「小説本体」「小説のプロット」「小説のボツ文」などなど、何かと物が増えて困ります。
さて、そんなデスクトップで、数々のアイコンに紛れていたテキストファイルを見つけました。
ファイル名は「折木の本棚.txt」。〈古典部〉シリーズの主人公、折木奉太郎の部屋に並んでいる本をリストアップしたもので、以前メディアミックスの機会を頂いたとき作画の参考になればと作りました。
何しろ折木奉太郎と私は読書の趣味が違いますので(彼はあまりミステリを読みません!)、ああでもないこうでもないと試行錯誤するのが楽しかった記憶があります。
ところどころに変な本が入っていますが、それはたぶん、折木供恵が残していった本です。
蛇足と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、せっかくの掘り出し物なので公開します。
ご興味があれば、下のリンクから展開してください。
折木の本棚.txt
先日、ちょっと仕事の手が空いたので、パソコンのデスクトップを掃除しました。
あまりデスクトップにアイコンは置かない主義なのですが、仕事が立て込むと「小説本体」「小説のプロット」「小説のボツ文」などなど、何かと物が増えて困ります。
さて、そんなデスクトップで、数々のアイコンに紛れていたテキストファイルを見つけました。
ファイル名は「折木の本棚.txt」。〈古典部〉シリーズの主人公、折木奉太郎の部屋に並んでいる本をリストアップしたもので、以前メディアミックスの機会を頂いたとき作画の参考になればと作りました。
何しろ折木奉太郎と私は読書の趣味が違いますので(彼はあまりミステリを読みません!)、ああでもないこうでもないと試行錯誤するのが楽しかった記憶があります。
ところどころに変な本が入っていますが、それはたぶん、折木供恵が残していった本です。
蛇足と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、せっかくの掘り出し物なので公開します。
ご興味があれば、下のリンクから展開してください。
折木の本棚.txt
posted by 米澤穂信 at 23:17| 近況報告
2012年10月05日
禁止です
こんにちは。米沢穂積です。
休憩します。
新宿駅の地下通路を歩きました。
壁に禁止事項のプレートが掲げてあったので、立ち止まって読みました。
ここでは
寝ること、
食べること、
飲むこと、
煙草を吸うこと
唾を吐くこと、
立ち止まることをしてはいけない
甲高い笛の音が響いたかと思うと、私はたちまち警備員に囲まれました。
彼らは(ここでは立ち止まってはいけないので)私のまわりをぐるぐると廻りながら、厳しく糾弾してきました。
「なぜ立ち止まったのだ。ここで立ち止まってはならんのだ」
「このプレートを読もうと思ったのです」
「そんなことのために立ち止まる者がいるはずはない。これまでただのひとりも、プレートを読むために立ち止まったりはしなかった。さあ、何が目的だ。なぜお前は立ち止まったのだ」
「してはならないことを知ろうと思ったのです」
「それは嘘だ。本当のことを言え。素直に言えば許してやる」
「文字を読みたかったのです」
「嘘を言うな。嘘ばかりだ。なぜ立ち止まったのか、正直に言うんだ」
「私は書店員なんです」
「本当に書店員なら仕方がないが、どうせお前の言うことは嘘だ。本当のことを言え。本当のことを言え」
彼らは廻る足を片時も止めず、私を責め立てました。
結局彼らを納得させることは出来ませんでしたが、二度と決して絶対に立ち止まらないと誓うことで、ようやく解放されました。
私が本当に立ち止まらないか疑っているのか、彼らは距離を置いて私についてきました。もし立ち止まったら次はどうなるかわからないので、私は早足で歩き続けました。
まだ、ついてきます。
朝ごはんを食べに行ったんですよ。
休憩します。
新宿駅の地下通路を歩きました。
壁に禁止事項のプレートが掲げてあったので、立ち止まって読みました。
ここでは
寝ること、
食べること、
飲むこと、
煙草を吸うこと
唾を吐くこと、
立ち止まることをしてはいけない
甲高い笛の音が響いたかと思うと、私はたちまち警備員に囲まれました。
彼らは(ここでは立ち止まってはいけないので)私のまわりをぐるぐると廻りながら、厳しく糾弾してきました。
「なぜ立ち止まったのだ。ここで立ち止まってはならんのだ」
「このプレートを読もうと思ったのです」
「そんなことのために立ち止まる者がいるはずはない。これまでただのひとりも、プレートを読むために立ち止まったりはしなかった。さあ、何が目的だ。なぜお前は立ち止まったのだ」
「してはならないことを知ろうと思ったのです」
「それは嘘だ。本当のことを言え。素直に言えば許してやる」
「文字を読みたかったのです」
「嘘を言うな。嘘ばかりだ。なぜ立ち止まったのか、正直に言うんだ」
「私は書店員なんです」
「本当に書店員なら仕方がないが、どうせお前の言うことは嘘だ。本当のことを言え。本当のことを言え」
彼らは廻る足を片時も止めず、私を責め立てました。
結局彼らを納得させることは出来ませんでしたが、二度と決して絶対に立ち止まらないと誓うことで、ようやく解放されました。
私が本当に立ち止まらないか疑っているのか、彼らは距離を置いて私についてきました。もし立ち止まったら次はどうなるかわからないので、私は早足で歩き続けました。
まだ、ついてきます。
朝ごはんを食べに行ったんですよ。
posted by 米澤穂信 at 10:42| 近況報告
2011年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
今年はあれこれ意外なことがあったものの、長篇にはなかなか着手できない一年でした。
『折れた竜骨』が文学賞やランキングで評価して頂けたことを嬉しく思う一方、それが(年末とはいえ)昨年の仕事であることを悔しくも思っています。
昨年に引き続き、短篇を書く機会を多く頂きました。
4月に「万灯」(新潮社)。
5月に「怪盗Xからの挑戦状」(NHK)。
6月に「名を刻む死」(東京創元社)。
同じく6月に「茄子のよう」(文藝春秋)。
12月に「913」(集英社)。
バラエティに富んだお仕事ができて、それぞれに楽しい思い出があります。
ただ、常に何かをしていた記憶はあるのですが、それが新刊に結実しなかったのは本当に残念です。
ともあれ、諸般の事情で開始が遅れましたが、「小説新潮」で『リカーシブル』の連載を始めることが出来ました。子供たちの心理と大人たちの事情をどこまで小説に落とし込めるか、毎月緊張しています。
いまは、これを最良の形で世に出すことばかりを考えています。そして願わくば、次の小説、その次の小説も良いものとしてお届けできますように。
今年もありがとうございました。来年、がんばります。
今年はあれこれ意外なことがあったものの、長篇にはなかなか着手できない一年でした。
『折れた竜骨』が文学賞やランキングで評価して頂けたことを嬉しく思う一方、それが(年末とはいえ)昨年の仕事であることを悔しくも思っています。
昨年に引き続き、短篇を書く機会を多く頂きました。
4月に「万灯」(新潮社)。
5月に「怪盗Xからの挑戦状」(NHK)。
6月に「名を刻む死」(東京創元社)。
同じく6月に「茄子のよう」(文藝春秋)。
12月に「913」(集英社)。
バラエティに富んだお仕事ができて、それぞれに楽しい思い出があります。
ただ、常に何かをしていた記憶はあるのですが、それが新刊に結実しなかったのは本当に残念です。
ともあれ、諸般の事情で開始が遅れましたが、「小説新潮」で『リカーシブル』の連載を始めることが出来ました。子供たちの心理と大人たちの事情をどこまで小説に落とし込めるか、毎月緊張しています。
いまは、これを最良の形で世に出すことばかりを考えています。そして願わくば、次の小説、その次の小説も良いものとしてお届けできますように。
今年もありがとうございました。来年、がんばります。
posted by 米澤穂信 at 22:32| 近況報告
2010年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
先日大谷大学で講演をしました折り、「どうして雑誌などでは『こんにちは。米澤穂信です。』で始まるのに、サイトだと『こんにちは。米澤です。』で始まるんですか」と訊かれました。
いい質問です。
それは、「米澤穂信」がペンネームであり、「米澤」がハンドルネームだからなのです。このサイトは(URLの変遷こそあれ)デビュー前から続けているので、いまでもハンドルネームを優先しているんですね。
今年、サイトが何周年だったかはよくわかりません。たぶん12周年でした。
そして来年、私はデビュー10周年に突入します。
よくもまあ、やってこられたものです。皆様ありがとうございます。
今年は『ふたりの距離の概算』と『折れた竜骨』の二冊を上梓しました。
一方が〈古典部〉シリーズの五冊目、一方は歴史+ファンタジー+ミステリの変化球。それぞれ、違ったコーナーを衝くことが出来ていればと思います。
また、多くの短篇を発表した年でもありました。
二月に「ナイフを失われた思い出の中に」(東京創元社)。
四月に「満願」(新潮社)。
八月に「柘榴」(新潮社)。
十一月に「軽い雨」(文藝春秋)。
十二月に「死人宿」(集英社)。
短篇集が出るまでの道筋が……見えない……。
いやまあ、こつこつやります。
来年はまず、『リカーシブル』の連載からですね。
短篇も少しずつ書いてはいきたいですが、ちょっと長篇に注力したいなと考えています。
十周年にふさわしいような、いい作品が書けるかどうか。出来映えは書き上がってみないと何ともわかりませんが、私もそれなりに心に期するものを持って、仕事に臨みます。
今年もありがとうございました。来年もがんばります。
先日大谷大学で講演をしました折り、「どうして雑誌などでは『こんにちは。米澤穂信です。』で始まるのに、サイトだと『こんにちは。米澤です。』で始まるんですか」と訊かれました。
いい質問です。
それは、「米澤穂信」がペンネームであり、「米澤」がハンドルネームだからなのです。このサイトは(URLの変遷こそあれ)デビュー前から続けているので、いまでもハンドルネームを優先しているんですね。
今年、サイトが何周年だったかはよくわかりません。たぶん12周年でした。
そして来年、私はデビュー10周年に突入します。
よくもまあ、やってこられたものです。皆様ありがとうございます。
今年は『ふたりの距離の概算』と『折れた竜骨』の二冊を上梓しました。
一方が〈古典部〉シリーズの五冊目、一方は歴史+ファンタジー+ミステリの変化球。それぞれ、違ったコーナーを衝くことが出来ていればと思います。
また、多くの短篇を発表した年でもありました。
二月に「ナイフを失われた思い出の中に」(東京創元社)。
四月に「満願」(新潮社)。
八月に「柘榴」(新潮社)。
十一月に「軽い雨」(文藝春秋)。
十二月に「死人宿」(集英社)。
短篇集が出るまでの道筋が……見えない……。
いやまあ、こつこつやります。
来年はまず、『リカーシブル』の連載からですね。
短篇も少しずつ書いてはいきたいですが、ちょっと長篇に注力したいなと考えています。
十周年にふさわしいような、いい作品が書けるかどうか。出来映えは書き上がってみないと何ともわかりませんが、私もそれなりに心に期するものを持って、仕事に臨みます。
今年もありがとうございました。来年もがんばります。
posted by 米澤穂信 at 19:28| 近況報告
2010年03月28日
対策です
こんにちは。米澤です。
裏手の建物の解体工事が始まったかと思うと、表の建物も改築が始まり、ついでに向かいの道路で掘削工事が行われ、目の前の街道で改修工事が始まりました。
世界中が私を目の敵にしている!
行こうと思っていたタイ料理屋が定休日だったのも、きっと敵の陰謀に違いない!
建物の工事は昼に行われ、道路の工事は夜に行われます。
もちろんどれも大切な仕事ですから、やらないでほしいとは言いません。言いませんが……。
十メートルの距離でショベルカーがコンクリートを砕いていると、つい「ああ、RPGをお届けしたいなあ」などと思ってしまう心の弱さが情けないです。
三千世界の重機を壊し、ひとりで朝寝がしてみたい。
しかしそんな鬱屈を溜め続ける暮らしとも今夜でおさらばです。
見たくない物からは目を背ければいい。嗅ぎたくない匂いには鼻をつまめばいい。
どんな困難にも正面から立ち向かうのは雄々しい態度ですが、まあ、逃げた方が話が早いことも多々あります。
つまり……。
買ってきました文明の利器。「耳栓」を!
余談ですが雑貨屋の店員さんに「耳栓をください」と言ったら「イヤープラグですね」と言われました。天丼芸もたいがいにして欲しいものです。
それはさておき、この耳栓、果たしてどれほど効くものか。
実は内心、音は体内を伝導もしてくるので、さほど劇的に効きはしないのではと疑っています。
とはいえ生涯で初めての耳栓体験。
月曜日の工事再開が、いまから待ち遠しくて堪りません。
裏手の建物の解体工事が始まったかと思うと、表の建物も改築が始まり、ついでに向かいの道路で掘削工事が行われ、目の前の街道で改修工事が始まりました。
世界中が私を目の敵にしている!
行こうと思っていたタイ料理屋が定休日だったのも、きっと敵の陰謀に違いない!
建物の工事は昼に行われ、道路の工事は夜に行われます。
もちろんどれも大切な仕事ですから、やらないでほしいとは言いません。言いませんが……。
十メートルの距離でショベルカーがコンクリートを砕いていると、つい「ああ、RPGをお届けしたいなあ」などと思ってしまう心の弱さが情けないです。
三千世界の重機を壊し、ひとりで朝寝がしてみたい。
しかしそんな鬱屈を溜め続ける暮らしとも今夜でおさらばです。
見たくない物からは目を背ければいい。嗅ぎたくない匂いには鼻をつまめばいい。
どんな困難にも正面から立ち向かうのは雄々しい態度ですが、まあ、逃げた方が話が早いことも多々あります。
つまり……。
買ってきました文明の利器。「耳栓」を!
余談ですが雑貨屋の店員さんに「耳栓をください」と言ったら「イヤープラグですね」と言われました。天丼芸もたいがいにして欲しいものです。
それはさておき、この耳栓、果たしてどれほど効くものか。
実は内心、音は体内を伝導もしてくるので、さほど劇的に効きはしないのではと疑っています。
とはいえ生涯で初めての耳栓体験。
月曜日の工事再開が、いまから待ち遠しくて堪りません。
posted by 米澤穂信 at 02:54| 近況報告
2010年02月16日
短命です
こんにちは。米澤です。
パソコンのキーボードが故障したため、USBキーボードを利用して作業をしています。キーストロークやキーの大きさそのものが違うのに加え、[Fn]キーが左側にしかないのが大変不便です。
[Fn]+[↑]or[↓]でページアップ、ページダウンをするのですが、[Fn]キーが左にしかないとページ操作に両手を使うことになるからです。
しかし、購入から二年で故障とは、随分あっさり壊れてくれたものです。回路部分ならまだ諦めもつこうというものですが……。
日本製品が、という言い方はしません。ですが、日本で普通に購入する製品の頑丈さは退歩しているなあとつくづく思います。
十年選手、十五年選手の家電を見かけなくなりました。思い返せばこのところ、製品を買い換える理由はいつも「より良い製品が出たから」ではなく、「故障を直すよりも買い換える方が早いから」だったように思います。
壁掛け時計を使っているのですが、ムーブメントがくたびれて作動音が大きくなったので買い換えました。なにしろ私がほんの子供だった頃から使っていた時計ですから、そろそろ寿命かなと思ったのです。
ところが、買い換えた時計は最初こそ静かだったものの、半年で異音を発するようになりました。購入店に相談したところ、「ムーブメントが静かに動くのを保証できるのは半年までですね」と言われてしまいました。
安物を買ったつもりはなかったんですが……。というか、その前の十年以上静かだった時計も、さほどの高級品ではないはずです。普通のお店で普通の金額で買った製品が、以前より劣っている。
私のような者は米一粒釘一本自分では作れない末期哀れの徒ではありますが、良質の製品が身のまわりから消えていることに気づくと、やはりなんとも寂しいものがあります。
買って半年の壁掛け時計は、うるさいので、電池を外されてただの壁飾りになりました。なにしろデザインは悪くないんですよ。
ところでパソコンですが。
いちおう保証書がありますので、無償修理の対象ではあります。私はキーボードで小説を書いていただけで、物を落としたことも水で濡らしたこともありません。
(ちなみにここでこぼしたのはあくまで、テーブルの上に、です。わかりづらく書いてますけど)
しかし私はほとんど期待していません。
なにくれとなく理由をつけられて、有償修理にされてしまうんだろうなという諦めがあります。
二年で壊れるキーボードを売っている会社なのだと思えば、サポート体制だけは上々だなんて、いったいどうして思えるでしょうか?
パソコンのキーボードが故障したため、USBキーボードを利用して作業をしています。キーストロークやキーの大きさそのものが違うのに加え、[Fn]キーが左側にしかないのが大変不便です。
[Fn]+[↑]or[↓]でページアップ、ページダウンをするのですが、[Fn]キーが左にしかないとページ操作に両手を使うことになるからです。
しかし、購入から二年で故障とは、随分あっさり壊れてくれたものです。回路部分ならまだ諦めもつこうというものですが……。
日本製品が、という言い方はしません。ですが、日本で普通に購入する製品の頑丈さは退歩しているなあとつくづく思います。
十年選手、十五年選手の家電を見かけなくなりました。思い返せばこのところ、製品を買い換える理由はいつも「より良い製品が出たから」ではなく、「故障を直すよりも買い換える方が早いから」だったように思います。
壁掛け時計を使っているのですが、ムーブメントがくたびれて作動音が大きくなったので買い換えました。なにしろ私がほんの子供だった頃から使っていた時計ですから、そろそろ寿命かなと思ったのです。
ところが、買い換えた時計は最初こそ静かだったものの、半年で異音を発するようになりました。購入店に相談したところ、「ムーブメントが静かに動くのを保証できるのは半年までですね」と言われてしまいました。
安物を買ったつもりはなかったんですが……。というか、その前の十年以上静かだった時計も、さほどの高級品ではないはずです。普通のお店で普通の金額で買った製品が、以前より劣っている。
私のような者は米一粒釘一本自分では作れない末期哀れの徒ではありますが、良質の製品が身のまわりから消えていることに気づくと、やはりなんとも寂しいものがあります。
買って半年の壁掛け時計は、うるさいので、電池を外されてただの壁飾りになりました。なにしろデザインは悪くないんですよ。
ところでパソコンですが。
いちおう保証書がありますので、無償修理の対象ではあります。私はキーボードで小説を書いていただけで、物を落としたことも水で濡らしたこともありません。
(ちなみにここでこぼしたのはあくまで、テーブルの上に、です。わかりづらく書いてますけど)
しかし私はほとんど期待していません。
なにくれとなく理由をつけられて、有償修理にされてしまうんだろうなという諦めがあります。
二年で壊れるキーボードを売っている会社なのだと思えば、サポート体制だけは上々だなんて、いったいどうして思えるでしょうか?
posted by 米澤穂信 at 11:27| 近況報告
2010年01月30日
特設です
こんにちは。米澤です。
先日、角川書店の新春感謝会に行ってきました。
いつも通りの壁の花だったのですが、後になって私を捜していた編集者さんがいらしたと聞きました。
「それは申し訳ないことをしました。なにしろ広いですからね」
と申し上げたところ、こう返って来ました。
「米澤さんは壁際に行く習性があると聞いたので、外周を捜したんですが……」
習性て。
なお米澤は好気性です。
ときおり負の走光性が見られます。
東京創元社さんのアンソロジー『蝦蟇倉市事件』の一巻が発売されました。
アンソロジーとしては珍しいことだと思うのですが、なんと特設サイトがオープンしています。
なお、この奇妙な街の命名者は道尾さんです。大藪賞超おめでとうございます。
一つの街を舞台にして競作をしようという企画が持ち上がり、著者が集まって相談をしました。ところが、漠然と「街」と言われてもイメージがつかめない。そこで私が鎌倉をモデルにしてはどうかと言いました。南が海、北が山、鉄道があって歴史もあるのでミステリに使いやすいと思ったからです。
街の名前は後で決めようという話だったのですが、真っ先に原稿を仕上げた道尾さんが、作中で「蝦蟇倉」と命名しました。もっともこの時点ではあくまで仮の名前で、いずれもう一度相談しようということだったと記憶していますが……。
別の方の作中に、街の名前が蝦蟇倉でないと通じない絶妙のネタが記されるに至り、「このネタは捨てるには惜しい」ということでそのまま決着してしまったのです。
それほどのネタが何であるかは、お読みいただければ薄々おわかりになるのではと思います。
ちなみに拙作は二巻目に収録されています。
どうぞよろしくです。
先日、角川書店の新春感謝会に行ってきました。
いつも通りの壁の花だったのですが、後になって私を捜していた編集者さんがいらしたと聞きました。
「それは申し訳ないことをしました。なにしろ広いですからね」
と申し上げたところ、こう返って来ました。
「米澤さんは壁際に行く習性があると聞いたので、外周を捜したんですが……」
習性て。
なお米澤は好気性です。
ときおり負の走光性が見られます。
東京創元社さんのアンソロジー『蝦蟇倉市事件』の一巻が発売されました。
アンソロジーとしては珍しいことだと思うのですが、なんと特設サイトがオープンしています。
なお、この奇妙な街の命名者は道尾さんです。大藪賞超おめでとうございます。
一つの街を舞台にして競作をしようという企画が持ち上がり、著者が集まって相談をしました。ところが、漠然と「街」と言われてもイメージがつかめない。そこで私が鎌倉をモデルにしてはどうかと言いました。南が海、北が山、鉄道があって歴史もあるのでミステリに使いやすいと思ったからです。
街の名前は後で決めようという話だったのですが、真っ先に原稿を仕上げた道尾さんが、作中で「蝦蟇倉」と命名しました。もっともこの時点ではあくまで仮の名前で、いずれもう一度相談しようということだったと記憶していますが……。
別の方の作中に、街の名前が蝦蟇倉でないと通じない絶妙のネタが記されるに至り、「このネタは捨てるには惜しい」ということでそのまま決着してしまったのです。
それほどのネタが何であるかは、お読みいただければ薄々おわかりになるのではと思います。
ちなみに拙作は二巻目に収録されています。
どうぞよろしくです。
posted by 米澤穂信 at 16:22| 近況報告
2009年12月31日
今年の総括です
こんにちは。米澤です。
2009年ももう終わりです。今年はデビューから……ええと、8年目の年でした。節目の年でも何でもないですね。しかしあれです、あんがい長く続けて来られたものです。決して順調なことばかりではなかった足あとを振り返れば、支えていただけているなと実感します。
今年は『秋期限定栗きんとん事件』と『追想五断章』をお届けすることができました。
シリーズ物の最新刊と、少し渋めの長篇。まるで傾向の違う二作でしたが、自分なりの調理ができたかと思っています。今後も広く楽しんで頂ける工夫をしたいと思っています。
来年、さしあたっては〈古典部〉シリーズの新刊『ふたりの距離の概算』に全力傾注です。
ところで、さっき今年のblog記事を読み返していたら、ひとつ書いてないことがあるのに気づきました。
このお寺、蘇州の寒山寺です。
皆既日食を見に行ったのです。悪石島に行こうかと考えたのですが、あまり大勢で押しかけても迷惑かと思ったので。
どこかでオチをつけようと思っていて忘れていました。
これで日蝕の日に日本にいなかったというアリバイは確保です。
今年もありがとうございました。来年もがんばります。
2009年ももう終わりです。今年はデビューから……ええと、8年目の年でした。節目の年でも何でもないですね。しかしあれです、あんがい長く続けて来られたものです。決して順調なことばかりではなかった足あとを振り返れば、支えていただけているなと実感します。
今年は『秋期限定栗きんとん事件』と『追想五断章』をお届けすることができました。
シリーズ物の最新刊と、少し渋めの長篇。まるで傾向の違う二作でしたが、自分なりの調理ができたかと思っています。今後も広く楽しんで頂ける工夫をしたいと思っています。
来年、さしあたっては〈古典部〉シリーズの新刊『ふたりの距離の概算』に全力傾注です。
ところで、さっき今年のblog記事を読み返していたら、ひとつ書いてないことがあるのに気づきました。
このお寺、蘇州の寒山寺です。
皆既日食を見に行ったのです。悪石島に行こうかと考えたのですが、あまり大勢で押しかけても迷惑かと思ったので。
どこかでオチをつけようと思っていて忘れていました。
これで日蝕の日に日本にいなかったというアリバイは確保です。
今年もありがとうございました。来年もがんばります。
posted by 米澤穂信 at 22:53| 近況報告
2009年12月14日
2009年11月22日
悪い夢です
こんにちは。米澤です。
最近どうも悪い夢ばかり見て、眠りが浅くて困っています。
他人の夢の話ほどつまらないものはないといいますが、世にも恐ろしい悪夢をおすそわけしたくて書いてみます。
「こんな夢を見た」で書き始めたりはしませんよ。
1)
仮面を被った殺人鬼が見目麗しい美女をつけ狙うという夢でした。
殺人鬼の獲物はなにか鋭利な刃物で、たぶん鋏のようなものでした。元ネタがいくつか思い浮かびますね。
そして殺人鬼はこの世のものではない力を備えていました。
しばらく夢を見ていてわかったのですが、殺人鬼はどうも、「中に誰もおらず、外から中が見えない空間であれば、そこに犠牲者をテレポートさせられる」ようでした。
たとえば仮面の殺人鬼が部屋のドアを閉めると、閉鎖空間になったその部屋に、逃げたはずのヒロインが忽然と現れるのです。
面白いのが、閉ざされた部屋にヒロインが飛ばされてきても、殺人鬼はその部屋の「外」にいるということです。
犠牲者をテレポートさせる部屋は無人でなくてはならないので、殺人者自身がいる部屋に呼んでくることはできない。常に無人の部屋に呼び出されるヒロインは、どこから殺人鬼が入ってくるか怯えることになるのです。
ヒロインは自分がテレポートさせられないよう、扉や窓などを片っ端から壊していきます。
そうして閉鎖空間を作られないようにしているのですが、家のどこかでサッとカーテンが閉まる音がしたかと思うと、カーテンによって区切られた空間にテレポートさせられてしまう。
「外から見えず、中に誰もいない」という条件を満たせば、そこが別に「部屋」でなくても犠牲者を招くことができるからです。
ようやく逃げ出しても、ヒロインはまたしてもテレポートさせられてしまう。無人の空間で、殺人鬼はどこから入ってくるのかわからない。
恐怖は無限に続くのです!
どうやら洋画ホラーらしく、視界の下の方に字幕がついていました。
問題なのはヒロインの造形です。
ホラー映画なんですから「きゃー」と叫んで欲しいものですが……。
夢の中で彼女は、背中にダブルバレルの猟銃、手に22LR口径のセミオートと象牙で飾られたリボルバーを所持。
そして、殺人鬼の姿を見ると悲鳴も上げず、躊躇いもせずに銃弾を叩き込んでいきました。
夢を見ていた私は、「これ怖くないよ。ホラーなのにぜんぜん怖くないよ。設定は凝ってるのに返り討ちにしていいのか? というかまだ誰も死んでないんじゃないか? こんな怖くないホラーで大丈夫なのか? ちゃんと客を呼べるのか?」と不安で不安で、観客動員数と損益分岐点のことを考えると恐ろしくてたまらず……。
それで目が覚めました。
ひどい悪夢でした。
2)
銚子かどこか、漁港に来ているようでした。
せっかく港に来ているのだから新鮮な魚を食べようと、タクシーをつかまえました。
「どこか魚の美味しい店に連れて行って下さい」
タクシーの運転手はきさくな人で、「いい店があるよ」と車を出しました。
車内では他愛のない話で盛り上がりました。
何でもこれから連れて行ってくれるオススメの店は、運転手さんの息子も大のお気に入りだそうです。
その息子さんはまだ幼児で、言葉を覚えたばかりなのですが、
「どうも、ませたやつでね」
と、運転手さんは嬉しそうに話してくれました。
「ほとんど喋れないのに、X-JAPANを歌うんだ」
それは確かにませていて、凄い息子さんだな、と感心しました。
ところがどうもおかしい。
車はどれだけ走ってもお店に着かず、それどころか道沿いには建物の数さえ少なくなって、だんだん山の中に入っていくようなのです。
途中何件か料理屋があったので、そのたびに「ここかな」と思うのですが、運転手さんはどんどん先に車を走らせるのです。
とうとう、漁港から遠く離れて長い長いトンネルに入ってしまいました。
「ねえ運転手さん。腹が減ったんですが、そのお店はまだですか」
「うーん、まだもうちょっとかかるねえ。大丈夫、いい店だから」
そう言われてしばらくは黙っていたのですが……。
トンネルを出てもまだ着かない。どんどんひとけのない道に入っていきます。
店がどうこうというより、いったいどこに連れて行かれるのかと不安になって、私はとうとう訊きました。
「運転手さん、そのお店にはあとどれぐらいで着くんですか」
「そうだね、あと二時間ぐらいだね」
そんなに! 漁港に来ていたはずなのに、どうしてそんなに遠くに行かなければならないのか。
「すみません、そのお店、いったいどこにあるんですか」
運転手さんはそれまでと変わらない快活な声で、しかしこちらを振り返ることなく、こう言ったのです……。
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最近どうも悪い夢ばかり見て、眠りが浅くて困っています。
他人の夢の話ほどつまらないものはないといいますが、世にも恐ろしい悪夢をおすそわけしたくて書いてみます。
「こんな夢を見た」で書き始めたりはしませんよ。
1)
仮面を被った殺人鬼が見目麗しい美女をつけ狙うという夢でした。
殺人鬼の獲物はなにか鋭利な刃物で、たぶん鋏のようなものでした。元ネタがいくつか思い浮かびますね。
そして殺人鬼はこの世のものではない力を備えていました。
しばらく夢を見ていてわかったのですが、殺人鬼はどうも、「中に誰もおらず、外から中が見えない空間であれば、そこに犠牲者をテレポートさせられる」ようでした。
たとえば仮面の殺人鬼が部屋のドアを閉めると、閉鎖空間になったその部屋に、逃げたはずのヒロインが忽然と現れるのです。
面白いのが、閉ざされた部屋にヒロインが飛ばされてきても、殺人鬼はその部屋の「外」にいるということです。
犠牲者をテレポートさせる部屋は無人でなくてはならないので、殺人者自身がいる部屋に呼んでくることはできない。常に無人の部屋に呼び出されるヒロインは、どこから殺人鬼が入ってくるか怯えることになるのです。
ヒロインは自分がテレポートさせられないよう、扉や窓などを片っ端から壊していきます。
そうして閉鎖空間を作られないようにしているのですが、家のどこかでサッとカーテンが閉まる音がしたかと思うと、カーテンによって区切られた空間にテレポートさせられてしまう。
「外から見えず、中に誰もいない」という条件を満たせば、そこが別に「部屋」でなくても犠牲者を招くことができるからです。
ようやく逃げ出しても、ヒロインはまたしてもテレポートさせられてしまう。無人の空間で、殺人鬼はどこから入ってくるのかわからない。
恐怖は無限に続くのです!
どうやら洋画ホラーらしく、視界の下の方に字幕がついていました。
問題なのはヒロインの造形です。
ホラー映画なんですから「きゃー」と叫んで欲しいものですが……。
夢の中で彼女は、背中にダブルバレルの猟銃、手に22LR口径のセミオートと象牙で飾られたリボルバーを所持。
そして、殺人鬼の姿を見ると悲鳴も上げず、躊躇いもせずに銃弾を叩き込んでいきました。
夢を見ていた私は、「これ怖くないよ。ホラーなのにぜんぜん怖くないよ。設定は凝ってるのに返り討ちにしていいのか? というかまだ誰も死んでないんじゃないか? こんな怖くないホラーで大丈夫なのか? ちゃんと客を呼べるのか?」と不安で不安で、観客動員数と損益分岐点のことを考えると恐ろしくてたまらず……。
それで目が覚めました。
ひどい悪夢でした。
2)
銚子かどこか、漁港に来ているようでした。
せっかく港に来ているのだから新鮮な魚を食べようと、タクシーをつかまえました。
「どこか魚の美味しい店に連れて行って下さい」
タクシーの運転手はきさくな人で、「いい店があるよ」と車を出しました。
車内では他愛のない話で盛り上がりました。
何でもこれから連れて行ってくれるオススメの店は、運転手さんの息子も大のお気に入りだそうです。
その息子さんはまだ幼児で、言葉を覚えたばかりなのですが、
「どうも、ませたやつでね」
と、運転手さんは嬉しそうに話してくれました。
「ほとんど喋れないのに、X-JAPANを歌うんだ」
それは確かにませていて、凄い息子さんだな、と感心しました。
ところがどうもおかしい。
車はどれだけ走ってもお店に着かず、それどころか道沿いには建物の数さえ少なくなって、だんだん山の中に入っていくようなのです。
途中何件か料理屋があったので、そのたびに「ここかな」と思うのですが、運転手さんはどんどん先に車を走らせるのです。
とうとう、漁港から遠く離れて長い長いトンネルに入ってしまいました。
「ねえ運転手さん。腹が減ったんですが、そのお店はまだですか」
「うーん、まだもうちょっとかかるねえ。大丈夫、いい店だから」
そう言われてしばらくは黙っていたのですが……。
トンネルを出てもまだ着かない。どんどんひとけのない道に入っていきます。
店がどうこうというより、いったいどこに連れて行かれるのかと不安になって、私はとうとう訊きました。
「運転手さん、そのお店にはあとどれぐらいで着くんですか」
「そうだね、あと二時間ぐらいだね」
そんなに! 漁港に来ていたはずなのに、どうしてそんなに遠くに行かなければならないのか。
「すみません、そのお店、いったいどこにあるんですか」
運転手さんはそれまでと変わらない快活な声で、しかしこちらを振り返ることなく、こう言ったのです……。
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posted by 米澤穂信 at 07:00| 近況報告
2009年10月25日
ここが約束の地です
こんにちは。米澤です。
ひどい風邪にやられてしまい、一週間を棒に振ってしまいました。
これは悪くなるなとわかったので週の前半は長めに寝るようにして、それでほぼ治ったと思ったのですが。
症状がほぼ全て引いてからも咳だけがいっこうに止まらず、たいへん苦しい仕儀となりました。
咳止めの薬も飲んだのですが、これがどうもよくない。
咳が止まるというより、喉が痺れて咳をするだけの筋力がなくなるような感じで、異物感は残るのにしようと思っても咳ができないという薄気味悪いことになるのです。
別の薬も試してみたところ、こっちはそういう不自然さはなかったものの、覿面に眠くなってしまう。
寝れば寝ただけ回復するのですから確かにいい薬ではありますが、仕事が残っているとなるとありがたくもありません。
ひとづてに聞いた話に、蜂蜜が喉に利くとやら。幸い、暑中見舞いに頂いた蜂蜜がまだ残っていたので、牛乳に溶いて飲むことにしました。
牛乳を電子レンジで温め、蜂蜜を溶く。ちょっと喉を通せば、まあ偽薬効果かもしれませんが、ずいぶん楽になったような気がしました。
それで蜂蜜入りのホットミルクを傍らにかたかたキーボードに向かい続けたのですが、あやふやな言葉を調べようと電子辞書に無造作に手を伸ばしたのがまずかった。
あっと思ったときにはもう遅い。まんまとひっくり返してしまいました。
それが流れていくのを見ながら、私は卒然として悟りました。
べたつく。
ひどい風邪にやられてしまい、一週間を棒に振ってしまいました。
これは悪くなるなとわかったので週の前半は長めに寝るようにして、それでほぼ治ったと思ったのですが。
症状がほぼ全て引いてからも咳だけがいっこうに止まらず、たいへん苦しい仕儀となりました。
咳止めの薬も飲んだのですが、これがどうもよくない。
咳が止まるというより、喉が痺れて咳をするだけの筋力がなくなるような感じで、異物感は残るのにしようと思っても咳ができないという薄気味悪いことになるのです。
別の薬も試してみたところ、こっちはそういう不自然さはなかったものの、覿面に眠くなってしまう。
寝れば寝ただけ回復するのですから確かにいい薬ではありますが、仕事が残っているとなるとありがたくもありません。
ひとづてに聞いた話に、蜂蜜が喉に利くとやら。幸い、暑中見舞いに頂いた蜂蜜がまだ残っていたので、牛乳に溶いて飲むことにしました。
牛乳を電子レンジで温め、蜂蜜を溶く。ちょっと喉を通せば、まあ偽薬効果かもしれませんが、ずいぶん楽になったような気がしました。
それで蜂蜜入りのホットミルクを傍らにかたかたキーボードに向かい続けたのですが、あやふやな言葉を調べようと電子辞書に無造作に手を伸ばしたのがまずかった。
あっと思ったときにはもう遅い。まんまとひっくり返してしまいました。
それが流れていくのを見ながら、私は卒然として悟りました。
乳と蜜の流れる地
旧約聖書にいう「約束の地」とは、なるほどここのことであったのか、と。べたつく。
posted by 米澤穂信 at 03:43| 近況報告
2009年09月24日
立川に行ってきました
こんにちは。米澤です。
去る9月23日、東京は立川市のオリオン書房ノルテ店さんで開かれたトークセッションに行ってきました。
会場は立ち見が出る盛況。対して私が大勢の人の前で話すのは何年ぶりでしょうか。俺ァ小説を書くのが仕事でい、喋りはトチっても知らねぇぜ、と思い切って席に着きましたが、お相手の瀧井さんにも助けられ一時間半のトークを何とか無事に終えることができました。
お世話になった関係者の皆様、そして参加してくださった皆様、ありがとうございました。
トークの後ももう少し場所を借りられるということで、サインもしてきました。
有楽町でのサイン会と今回のトーク、両方に来ていただけた方もいらっしゃって、そういう方々は既にサインを受け取っているのですから面白みがない。そんなこともあろうかと、今回は落款を持参しました。
落款のお披露目です。
なお落款はイベント後に落として壊しました。
落款のお蔵入りです。
アンケート用紙を回収して赤面しました。
サイン中、「『犬はどこだ』に出てくる○○に乗っています」と言って下さった方がいらっしゃいました。私はついそれを聞き逃したんですが、てっきりドゥカティのバイクの話だと思い込み、「ああ、あれは住宅街では下りて押すしかないですね」というようなことを言ったと思います。
ところがアンケートには「『犬はどこだ』に出てくるコペンに乗っています」と書いてあったのです。
……コペンだったら、あんまり、下りて押さないかな?
いやいやまったく、とんでもない勘違いでした。ここにお詫びして訂正します。
去る9月23日、東京は立川市のオリオン書房ノルテ店さんで開かれたトークセッションに行ってきました。
会場は立ち見が出る盛況。対して私が大勢の人の前で話すのは何年ぶりでしょうか。俺ァ小説を書くのが仕事でい、喋りはトチっても知らねぇぜ、と思い切って席に着きましたが、お相手の瀧井さんにも助けられ一時間半のトークを何とか無事に終えることができました。
お世話になった関係者の皆様、そして参加してくださった皆様、ありがとうございました。
トークの後ももう少し場所を借りられるということで、サインもしてきました。
有楽町でのサイン会と今回のトーク、両方に来ていただけた方もいらっしゃって、そういう方々は既にサインを受け取っているのですから面白みがない。そんなこともあろうかと、今回は落款を持参しました。
落款のお披露目です。
なお落款はイベント後に落として壊しました。
落款のお蔵入りです。
アンケート用紙を回収して赤面しました。
サイン中、「『犬はどこだ』に出てくる○○に乗っています」と言って下さった方がいらっしゃいました。私はついそれを聞き逃したんですが、てっきりドゥカティのバイクの話だと思い込み、「ああ、あれは住宅街では下りて押すしかないですね」というようなことを言ったと思います。
ところがアンケートには「『犬はどこだ』に出てくるコペンに乗っています」と書いてあったのです。
……コペンだったら、あんまり、下りて押さないかな?
いやいやまったく、とんでもない勘違いでした。ここにお詫びして訂正します。
posted by 米澤穂信 at 13:57| 近況報告
2009年09月02日
サイン会に行ってきました
こんにちは。米澤です。
去る9月1日、有楽町のサイン会に行ってきました。
平日ということもあり、何かと仕事の都合がつかなくなる方も多いのではと思っていましたが、多くの方に来ていただけました。今回は作品の内容を反映してか、いつもより幅広い層の読者さんに来ていただけたように思います。
少しでも待ち時間の暇つぶしになればと、整理券の裏に何か書けるよう筆記具を配ってもらったのですが、本当にたくさんのメッセージを頂戴して喜んでいます(実はこの「筆記具を配る」というアイディア、別の作家さんのサイン会でやっていたのを「あ、これいいな」と取り入れたものだったりします)。
お手紙や差し入れ、面白いところでは小佐内を象った手作りのしおりなんてものまで頂いて、本当に力になりました。
ありがとうございました。
去る9月1日、有楽町のサイン会に行ってきました。
平日ということもあり、何かと仕事の都合がつかなくなる方も多いのではと思っていましたが、多くの方に来ていただけました。今回は作品の内容を反映してか、いつもより幅広い層の読者さんに来ていただけたように思います。
少しでも待ち時間の暇つぶしになればと、整理券の裏に何か書けるよう筆記具を配ってもらったのですが、本当にたくさんのメッセージを頂戴して喜んでいます(実はこの「筆記具を配る」というアイディア、別の作家さんのサイン会でやっていたのを「あ、これいいな」と取り入れたものだったりします)。
お手紙や差し入れ、面白いところでは小佐内を象った手作りのしおりなんてものまで頂いて、本当に力になりました。
ありがとうございました。
posted by 米澤穂信 at 19:50| 近況報告
2009年08月15日
誤植疑惑です
こんにちは。米澤です。
カボチャのリゾットを作るときレンジにかけたカボチャを潰すのですが、それが甚だ面倒なので文明人らしく電気の力を借りようと思い電器店に行ったはいいものの、ミキサーとジューサーとミルサーとフードプロセッサーの違いがわからず困り果てました。
そこで店の人にお尋ねしたところ、以下のような回答を得ました。
「ミキサーは混ぜるものです。ジューサーは搾るものです。ミルサーは挽くものです。フードプロセッサーは食べ物を加工するものです」
日本語能力に挑戦されたような気がしました。
結局何も買わずに帰って来ましたが(日本語能力の敗北です)、カボチャを潰すにはどれを買えばよかったのでしょう。
これだけでは寂しいので、もうちょっと書きます。
何とか時間を見つけて、少し離れた禅寺に行ってきました(メインの用件は他にあったんですが)。その時のことを少々。
お寺の近くには大きなアーチ状の橋がありまして、ここでは金魚を売っていました。
その金魚は別に飼うために売っているのではなく、放生するため、つまり逃がすために売られていました。人間に捕われた生き物を解き放つことは「徳」であるという仏教的な考え方に基づいた商売です。「浦島太郎」や「鶴の恩返し」なんかでもおなじみのシステムですね。
そういえば江戸時代には、逃がすための「放ち鳥」や「放ち亀」を売る商売があったと聞いたことがあります。放たれるために捕われた(あるいは養殖された)生き物でも、放てば徳になるというのは面白いものです。
もちろん言うまでもなく、本当に動物たちを傷つけまいとするなら、最初から捕まえない方がいい。しかし、「放生は徳」というルールは、必ずしも動物愛護のためにあるのではありません。あくまでも「放てば放った人間に徳ポイントが入る」という点が重んじられています。おそらくそれゆえに放生という習俗は現代では廃れてしまいましたが、どこかの寺ではいまでも「秋の徳々ポイントアップキャンペーン」こと放生会を営んでいるそうですね。
雨月物語の中に、魚を漁師から買って放生していた坊さんが死に際して金鯉の服を与えられ、一匹の鯉となって琵琶湖に遊ぶという話がありました。私も金魚を逃がせば、金鯉とまではいかずとも、あるいはいずれウグイの服ぐらいはもらえるかもしれません。
そんなことを思いながら禅寺に行くと、お堂にこんな掛け軸がありました。
別の場所で雨月のことを思い出した後で、この言葉に会うとは面白いものです。
江月照松風吹。永夜清宵何所為、と続きます。雨月物語中のボーイズラブその2、青頭巾にも出てきました。
この句の意味がわかると、禅スキル的な意味でいいことがあるらしいです。もしかしたら徳ポイントにボーナスがつくのかもしれません。ははあなるほど、と思いながら見ておりまして、ふと振り返るとそこにも掛け軸が。
うんうん、江月照松風吹。
などと頷いてはいけません。思わず二度見してしまいました。
これ、違うじゃないですか。江風が吹いて松月が照らしてるじゃないですか。
誤植?
誤植なのか?
インド人が右なのか?
こ、これはたいへんです! たすけて校正さん!
しかし思えば、禅とはとらわれない心的なナニカらしい。こんな些事に心乱れているようでは、徳ポイントの入手はおぼつかないような気がしないこともありません。
そう考えればあの掛け軸、あるいは来客の禅スキルを試す巧妙な罠だったとも考えられます。
私はまんまと引っかかってしまいました。これからこの寺にお参りに行く方は、どうぞお気を付けください。
もっとも、
カボチャのリゾットを作るときレンジにかけたカボチャを潰すのですが、それが甚だ面倒なので文明人らしく電気の力を借りようと思い電器店に行ったはいいものの、ミキサーとジューサーとミルサーとフードプロセッサーの違いがわからず困り果てました。
そこで店の人にお尋ねしたところ、以下のような回答を得ました。
「ミキサーは混ぜるものです。ジューサーは搾るものです。ミルサーは挽くものです。フードプロセッサーは食べ物を加工するものです」
日本語能力に挑戦されたような気がしました。
結局何も買わずに帰って来ましたが(日本語能力の敗北です)、カボチャを潰すにはどれを買えばよかったのでしょう。
これだけでは寂しいので、もうちょっと書きます。
何とか時間を見つけて、少し離れた禅寺に行ってきました(メインの用件は他にあったんですが)。その時のことを少々。
お寺の近くには大きなアーチ状の橋がありまして、ここでは金魚を売っていました。
その金魚は別に飼うために売っているのではなく、放生するため、つまり逃がすために売られていました。人間に捕われた生き物を解き放つことは「徳」であるという仏教的な考え方に基づいた商売です。「浦島太郎」や「鶴の恩返し」なんかでもおなじみのシステムですね。
そういえば江戸時代には、逃がすための「放ち鳥」や「放ち亀」を売る商売があったと聞いたことがあります。放たれるために捕われた(あるいは養殖された)生き物でも、放てば徳になるというのは面白いものです。
もちろん言うまでもなく、本当に動物たちを傷つけまいとするなら、最初から捕まえない方がいい。しかし、「放生は徳」というルールは、必ずしも動物愛護のためにあるのではありません。あくまでも「放てば放った人間に徳ポイントが入る」という点が重んじられています。おそらくそれゆえに放生という習俗は現代では廃れてしまいましたが、どこかの寺ではいまでも「秋の徳々ポイントアップキャンペーン」こと放生会を営んでいるそうですね。
雨月物語の中に、魚を漁師から買って放生していた坊さんが死に際して金鯉の服を与えられ、一匹の鯉となって琵琶湖に遊ぶという話がありました。私も金魚を逃がせば、金鯉とまではいかずとも、あるいはいずれウグイの服ぐらいはもらえるかもしれません。
そんなことを思いながら禅寺に行くと、お堂にこんな掛け軸がありました。
別の場所で雨月のことを思い出した後で、この言葉に会うとは面白いものです。
江月照松風吹。永夜清宵何所為、と続きます。雨月物語中のボーイズラブその2、青頭巾にも出てきました。
この句の意味がわかると、禅スキル的な意味でいいことがあるらしいです。もしかしたら徳ポイントにボーナスがつくのかもしれません。ははあなるほど、と思いながら見ておりまして、ふと振り返るとそこにも掛け軸が。
うんうん、江月照松風吹。
などと頷いてはいけません。思わず二度見してしまいました。
これ、違うじゃないですか。江風が吹いて松月が照らしてるじゃないですか。
誤植?
誤植なのか?
インド人が右なのか?
こ、これはたいへんです! たすけて校正さん!
しかし思えば、禅とはとらわれない心的なナニカらしい。こんな些事に心乱れているようでは、徳ポイントの入手はおぼつかないような気がしないこともありません。
そう考えればあの掛け軸、あるいは来客の禅スキルを試す巧妙な罠だったとも考えられます。
私はまんまと引っかかってしまいました。これからこの寺にお参りに行く方は、どうぞお気を付けください。
もっとも、
posted by 米澤穂信 at 00:24| 近況報告
2009年06月30日
うれていました
こんにちは。米澤です。
暑くなってきたのでリゾットを作ることにしました。
暑さとリゾットの間に論理的な因果関係はありません。
鶏肉とトマトを味の柱に立て、エリンギでスープを作り、ズッキーニとアスパラガスを加えることにしました。
米はオリーブオイルで炒め、エリンギは水から煮てだし汁にして、トマトはおろし金ですり下ろします。緑の野菜は別個に茹でて、最後に加えます。
さあ、トマトを鷲づかみにして。
おろし金に押し当てて。
豪快に。
一気に。
ざくっ……。
いやしかし誤算でした。
トマトが思ったより熟れていました。
まさかあんなに柔らかく、一気に潰れてしまうとは。
おかげで勢い余ってしまったじゃないですか。
でも大丈夫。トマトは赤いですから。
ちょっとぐらい赤い体液が混じってもわかりゃしませんって。
鉄分補給にもなります。
自給自足ですが。
六月も終わり。ということは一年の半分が過ぎたということです。
なんたることか。
そろそろ予定情報も更新したいところです。下半期も引き続きよろしくお願いいたします。
暑くなってきたのでリゾットを作ることにしました。
暑さとリゾットの間に論理的な因果関係はありません。
鶏肉とトマトを味の柱に立て、エリンギでスープを作り、ズッキーニとアスパラガスを加えることにしました。
米はオリーブオイルで炒め、エリンギは水から煮てだし汁にして、トマトはおろし金ですり下ろします。緑の野菜は別個に茹でて、最後に加えます。
さあ、トマトを鷲づかみにして。
おろし金に押し当てて。
豪快に。
一気に。
ざくっ……。
いやしかし誤算でした。
トマトが思ったより熟れていました。
まさかあんなに柔らかく、一気に潰れてしまうとは。
おかげで勢い余ってしまったじゃないですか。
でも大丈夫。トマトは赤いですから。
ちょっとぐらい赤い体液が混じってもわかりゃしませんって。
鉄分補給にもなります。
自給自足ですが。
六月も終わり。ということは一年の半分が過ぎたということです。
なんたることか。
そろそろ予定情報も更新したいところです。下半期も引き続きよろしくお願いいたします。
posted by 米澤穂信 at 22:43| 近況報告
2009年06月25日
遅ればせです
こんにちは。米澤です。
先日、初対面の作家の方に名乗ったところ、
「何度かお見かけしました」
と言われました。
「えっ、どこでですか?」
「角川の新年会です」
確かにたいてい行きますが。
「米澤さんってあれですよね、毎年……」
「はあ」
「壁のそばに立ってる人ですよね。ひとりで」
ええ。
そうです。
そうですよ。
壁の花ですとも!
遅ればせながら、パット・マガー『七人のおば』の帯を書かせていただいた件、告知いたしました。
遅ればせすぎる……。フェアが始まったのは4月です。今更アップロードしても遅いとは思いましたが、仕事の記録という意味もありますので。
それにしても、ずいぶんと砕けた帯が採用されてしまったものです。
今回のフェアでの特装帯は、
こちらで見ることができます。
……浮いてますよ、私。ふわふわと浮いています。
いや本当はもっと真面目なものも書いていたんですよ。
それが何の因果か。物の弾みで。
ちなみに、帯を書かせて頂くのは初めてだったので、研究の意味を込めて「各社の帯ごっこ」をして遊びました。
どれがどの出版社を想定したものかわかりますでしょうか?
どれも嘘ではないのが面白いところです。
いろんなひとに怒られそうなので答えは書きません。
追記
先日、初対面の作家の方に名乗ったところ、
「何度かお見かけしました」
と言われました。
「えっ、どこでですか?」
「角川の新年会です」
確かにたいてい行きますが。
「米澤さんってあれですよね、毎年……」
「はあ」
「壁のそばに立ってる人ですよね。ひとりで」
ええ。
そうです。
そうですよ。
壁の花ですとも!
遅ればせながら、パット・マガー『七人のおば』の帯を書かせていただいた件、告知いたしました。
遅ればせすぎる……。フェアが始まったのは4月です。今更アップロードしても遅いとは思いましたが、仕事の記録という意味もありますので。
それにしても、ずいぶんと砕けた帯が採用されてしまったものです。
今回のフェアでの特装帯は、
こちらで見ることができます。
……浮いてますよ、私。ふわふわと浮いています。
いや本当はもっと真面目なものも書いていたんですよ。
それが何の因果か。物の弾みで。
ちなみに、帯を書かせて頂くのは初めてだったので、研究の意味を込めて「各社の帯ごっこ」をして遊びました。
どれがどの出版社を想定したものかわかりますでしょうか?
【A案】
幸せなだけの結婚など
どこにもありはしない
【B案】
名作『四人の女』の次はこれだ
【C案】
これが決定版!
ゴールデンエイジの衝撃を再び、あなたに!
【D案】
「あたしの体には悪い血が流れている」
才媛が描く人生の物語
【E案】
おばが七人!?
新婚家庭は大パニック!!
幸せなだけの結婚など
どこにもありはしない
【B案】
名作『四人の女』の次はこれだ
【C案】
これが決定版!
ゴールデンエイジの衝撃を再び、あなたに!
【D案】
「あたしの体には悪い血が流れている」
才媛が描く人生の物語
【E案】
おばが七人!?
新婚家庭は大パニック!!
どれも嘘ではないのが面白いところです。
いろんなひとに怒られそうなので答えは書きません。
追記
posted by 米澤穂信 at 15:41| 近況報告
2009年06月06日
新商品です
こんにちは。米澤です。
足が痛いので病院に行ったところ、なかなか強力な抗生物質を処方され、女医さんに笑顔でこう言われました。
「これで効かなかったらMRSAね」
えっと、多連装ロケット砲でしたっけ。
「それはMLRS」
しかしこれは困りました。
私は普段正座で小説を書いているのですが、足がやられては正座もあぐらもできません。
ですが人間万事塞翁が馬と申します。
これは「立ち食いそば」「立ち飲みバー」に続く新商品、「立ち書き小説」を始める契機かもしれません。ピンチをチャンスに、と昨日のWBSでも言っていました。2009年下半期は「立ち書き小説」が市場を席巻です! こ、これは東京特許許可局に急がなくては!
問題は二つ。
一つは、この新商品は読者にメリットもデメリットももたらさないこと。
もう一つは、足の感染症には座った姿勢より立った姿勢の方が悪いことです。
後日談
足が痛いので病院に行ったところ、なかなか強力な抗生物質を処方され、女医さんに笑顔でこう言われました。
「これで効かなかったらMRSAね」
えっと、多連装ロケット砲でしたっけ。
「それはMLRS」
しかしこれは困りました。
私は普段正座で小説を書いているのですが、足がやられては正座もあぐらもできません。
ですが人間万事塞翁が馬と申します。
これは「立ち食いそば」「立ち飲みバー」に続く新商品、「立ち書き小説」を始める契機かもしれません。ピンチをチャンスに、と昨日のWBSでも言っていました。2009年下半期は「立ち書き小説」が市場を席巻です! こ、これは東京特許許可局に急がなくては!
問題は二つ。
一つは、この新商品は読者にメリットもデメリットももたらさないこと。
もう一つは、足の感染症には座った姿勢より立った姿勢の方が悪いことです。
後日談
posted by 米澤穂信 at 17:23| 近況報告
2009年05月27日
じょじゅられませんでした
こんにちは。米澤です。
さっきこのblogを読み返してみたんですが、何だかぜんぜん仕事をしていないように見えて衝撃を受けました。このまま「お一人さまの夕食・放浪篇」を書き続けるのも悪くはないかもしれませんが、その判断は今後の検討課題として先送りして、少しミステリっぽいことを書くことにします。
先日、ちょっと古いミステリを読んでいました(ええと、1985年ですね)。メインの物語と一見それとは関係のない状況が双方向的に進み、いくつかの魅力的なエピソードも添えられて、いよいよ事件の幕が上がったのは一冊の本も中盤にさしかかった頃でした。状況は悪く、物語は悲劇的結末を避け得ないかに見えました。
ところで私は、書き手としてはあまりそういう気配を見せていないと思いますが、読み手としては新本格ミステリの時代を経てきています。つまり、その、少々口はばったい言い方になりますが、私をじょじゅることは容易ではないのです。
(じょじゅる:「叙述トリックにひっかける」の意。練馬高野台あたりにたむろするナウなヤングの間で大流行の新語。若者言葉について行けない皆様も職場でさりげなく披露すれば効果バツグン!)
いまさらな話ではありますが、叙述トリックには「作中人物と読者を騙すためのもの」と「読者のみを騙すためのもの」の二種類があります(「作中人物のみを騙し読者を騙さない」場合、トリックとは言いません)。後者の方がサプライズは大きくなりますが、私が好きなのは前者です。
私が読んだミステリで使われていた叙述トリックも前者でした。作中人物たちが首を捻り、悲劇の予感に顔を曇らせている記述を読みながら、トリックを確信していた私は「ああ、はいはい、こいつがあれであれをそれするためにこうしてたのね」などと思っていました。
ところが、そんな読み方をしながらページをめくる手が、ふと止まりました。
本の終盤に告白がありました。
一見すると歪んだ告白であり、ともすれば醜悪とも受け取られかねないシーンでした。
しかし「こいつがあれであれをそれするためにこうしてた」ことがわかっていた私には、その告白が真情に溢れたものであり、過酷な運命との和解を意味するものであるとわかりました。
良い場面でした。
が、もし叙述トリックを見抜いていなければ、これほど良いとは思わなかったに違いありません。
仮に私がトリックに気づかず読み進め、読み終わった後でページを戻り、この告白を見つけたとしたら、「こんなところに伏線があったのか」と感心したことでしょう。しかし感動はしなかったはずです。一粒で二度おいしいのはアーモンドグリコの専売特許です。このミステリで読者は、見抜いて感動するか、見抜けず感心するかの二択を迫られていたと言えます。
これはちょっとした問題です。どちらの方が良い読書だったと言えるのか……。
私は前者の方が良いと思うのです。しかしそれを突き詰めれば、「見抜かれることを前提として小説の最高潮を配置するぐらいならば、最初からトリックなど用意しない方がスマートだ」という考え方を否定できないでしょう。
つまり「これは良い小説だった。ミステリでなければもっと良かったのに」という、しばしば見受けられる批判を肯定する材料になってしまいます。
それは困るんですよね。個人事業者的に。
まあ、他人の作品を自分の仕事と結びつけすぎるのも僭越というものです。
ただ、この辺に、私が叙述トリックを用いない理由があるのだろうなとは思います。
さっきこのblogを読み返してみたんですが、何だかぜんぜん仕事をしていないように見えて衝撃を受けました。このまま「お一人さまの夕食・放浪篇」を書き続けるのも悪くはないかもしれませんが、その判断は今後の検討課題として先送りして、少しミステリっぽいことを書くことにします。
先日、ちょっと古いミステリを読んでいました(ええと、1985年ですね)。メインの物語と一見それとは関係のない状況が双方向的に進み、いくつかの魅力的なエピソードも添えられて、いよいよ事件の幕が上がったのは一冊の本も中盤にさしかかった頃でした。状況は悪く、物語は悲劇的結末を避け得ないかに見えました。
ところで私は、書き手としてはあまりそういう気配を見せていないと思いますが、読み手としては新本格ミステリの時代を経てきています。つまり、その、少々口はばったい言い方になりますが、私をじょじゅることは容易ではないのです。
(じょじゅる:「叙述トリックにひっかける」の意。練馬高野台あたりにたむろするナウなヤングの間で大流行の新語。若者言葉について行けない皆様も職場でさりげなく披露すれば効果バツグン!)
いまさらな話ではありますが、叙述トリックには「作中人物と読者を騙すためのもの」と「読者のみを騙すためのもの」の二種類があります(「作中人物のみを騙し読者を騙さない」場合、トリックとは言いません)。後者の方がサプライズは大きくなりますが、私が好きなのは前者です。
私が読んだミステリで使われていた叙述トリックも前者でした。作中人物たちが首を捻り、悲劇の予感に顔を曇らせている記述を読みながら、トリックを確信していた私は「ああ、はいはい、こいつがあれであれをそれするためにこうしてたのね」などと思っていました。
ところが、そんな読み方をしながらページをめくる手が、ふと止まりました。
本の終盤に告白がありました。
一見すると歪んだ告白であり、ともすれば醜悪とも受け取られかねないシーンでした。
しかし「こいつがあれであれをそれするためにこうしてた」ことがわかっていた私には、その告白が真情に溢れたものであり、過酷な運命との和解を意味するものであるとわかりました。
良い場面でした。
が、もし叙述トリックを見抜いていなければ、これほど良いとは思わなかったに違いありません。
仮に私がトリックに気づかず読み進め、読み終わった後でページを戻り、この告白を見つけたとしたら、「こんなところに伏線があったのか」と感心したことでしょう。しかし感動はしなかったはずです。一粒で二度おいしいのはアーモンドグリコの専売特許です。このミステリで読者は、見抜いて感動するか、見抜けず感心するかの二択を迫られていたと言えます。
これはちょっとした問題です。どちらの方が良い読書だったと言えるのか……。
私は前者の方が良いと思うのです。しかしそれを突き詰めれば、「見抜かれることを前提として小説の最高潮を配置するぐらいならば、最初からトリックなど用意しない方がスマートだ」という考え方を否定できないでしょう。
つまり「これは良い小説だった。ミステリでなければもっと良かったのに」という、しばしば見受けられる批判を肯定する材料になってしまいます。
それは困るんですよね。個人事業者的に。
まあ、他人の作品を自分の仕事と結びつけすぎるのも僭越というものです。
ただ、この辺に、私が叙述トリックを用いない理由があるのだろうなとは思います。
posted by 米澤穂信 at 00:32| 近況報告
2009年05月21日
かなしい食事をしました
昨日はかなしい食事をしました。
近くの街で、ビストロが撤退しました。
店内には二人がけの椅子しかないという、お一人さまはおろか団体さまも完全否定という強気設定のお店でした。味が特に良かったという記憶はありません。量が少なかったことは憶えています。あとキッシュが品切れだったのも。
潰れたのか、より良い立地の店に引っ越したのかはわからりませんが、とにかくお二人さま専用のビストロはもうありません。
後釜に入ったのがドンブリ飯屋でした。イッツジャンク。でもラブリー。
というわけで行ってきました。
結論として、とてもかなしい思いをしました。
カウンターには白木を使っていますが、開店一週間も経っていないだろうに、盛大にひびが入っています。わざわざ選んだとは思えません。悪い建築会社が粗悪な木を使ったのでしょう。
店内に客は少ないのに、店員が五人もいます。二人で充分回っていくはずなのに。
具は揚げ物、それもただ一種類。揚げ物は薄く、タレに浸けたものがご飯に乗っていました。
それだけ。
ソースのかかった薄っぺらい一種類の揚げ物がドンブリ飯に乗っているだけです。
素朴さの言い換えとしての「おふくろの味」ですらありません。あれは「まかないの味」でした。 値段は1000円。そして斜め向かいの店は牛丼チェーン店!
ぜったい潰れる。この店、一年以内に絶対潰れる。
夢を持って開いた店が潰れるのは、いつもかなしいものです。しかし多くの場合マズイ店が潰れるので、「仕方がなかった」という気にもなります。
ところが昨日の夕食がとりわけかなしかったのは、そのまかない飯のような丼が、意外にもかなりおいしかったからなのです。
味だけで米の品種がわかるほどいい舌を持ってはいませんが、かなり上等な米を使っていることぐらいはわかります。ジャンクなドンブリ飯屋で「米がうまい」と思ったのは初めてです。揚げ物も、少々単調で最後には食べ飽きしましたが、おいしい部類に入るものでした。
問題は、本当にこれが最大の問題なのですが、見た目が「ご飯の上に一種類の揚げ物が乗ってるだけ」だということです(三回目)。ドンブリ飯に近所のスーパーで買って来たアジフライを乗せたのと変わりありません。アジフライに文句は何一つありませんが、それを外食で食べようとする人が多いでしょうか?
ああ神よ、せめて、揚げ物とご飯の間に千切りキャベツを挟むだけでも全然印象が違うでしょうに!
新規開店の店で、心の内で追悼の辞を述べながら、おいしいものを食べる。
昨日は本当に、かなしい食事でした。
近くの街で、ビストロが撤退しました。
店内には二人がけの椅子しかないという、お一人さまはおろか団体さまも完全否定という強気設定のお店でした。味が特に良かったという記憶はありません。量が少なかったことは憶えています。あとキッシュが品切れだったのも。
潰れたのか、より良い立地の店に引っ越したのかはわからりませんが、とにかくお二人さま専用のビストロはもうありません。
後釜に入ったのがドンブリ飯屋でした。イッツジャンク。でもラブリー。
というわけで行ってきました。
結論として、とてもかなしい思いをしました。
カウンターには白木を使っていますが、開店一週間も経っていないだろうに、盛大にひびが入っています。わざわざ選んだとは思えません。悪い建築会社が粗悪な木を使ったのでしょう。
店内に客は少ないのに、店員が五人もいます。二人で充分回っていくはずなのに。
具は揚げ物、それもただ一種類。揚げ物は薄く、タレに浸けたものがご飯に乗っていました。
それだけ。
ソースのかかった薄っぺらい一種類の揚げ物がドンブリ飯に乗っているだけです。
素朴さの言い換えとしての「おふくろの味」ですらありません。あれは「まかないの味」でした。 値段は1000円。そして斜め向かいの店は牛丼チェーン店!
ぜったい潰れる。この店、一年以内に絶対潰れる。
夢を持って開いた店が潰れるのは、いつもかなしいものです。しかし多くの場合マズイ店が潰れるので、「仕方がなかった」という気にもなります。
ところが昨日の夕食がとりわけかなしかったのは、そのまかない飯のような丼が、意外にもかなりおいしかったからなのです。
味だけで米の品種がわかるほどいい舌を持ってはいませんが、かなり上等な米を使っていることぐらいはわかります。ジャンクなドンブリ飯屋で「米がうまい」と思ったのは初めてです。揚げ物も、少々単調で最後には食べ飽きしましたが、おいしい部類に入るものでした。
問題は、本当にこれが最大の問題なのですが、見た目が「ご飯の上に一種類の揚げ物が乗ってるだけ」だということです(三回目)。ドンブリ飯に近所のスーパーで買って来たアジフライを乗せたのと変わりありません。アジフライに文句は何一つありませんが、それを外食で食べようとする人が多いでしょうか?
ああ神よ、せめて、揚げ物とご飯の間に千切りキャベツを挟むだけでも全然印象が違うでしょうに!
新規開店の店で、心の内で追悼の辞を述べながら、おいしいものを食べる。
昨日は本当に、かなしい食事でした。
posted by 米澤穂信 at 16:10| 近況報告