2023年07月04日

「本物か」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2023年7月号


……本物か?


 国道沿いのファミリーレストランで立てこもり事件が発生。偶然近くにいた葛班が現場に向かうと、姿を現した犯人の手には「拳銃」が。
 本物か? 客や従業員の避難は完了しているのか?
 部下が集めてくる証言者の話を、葛は一つずつ検討する。あのファミリーレストランで、あの瞬間、何があったのか。それがわかれば、「本物」は見抜けるはずだ。
 変形フーダニット。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 00:27| 雑誌等掲載短篇

2023年01月20日

「命の恩」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2023年2月号


 親父を嫌っていた人は、大勢いるでしょう。でも、殺すほどに憎んでいた人は思い当たりません。いえ、ひょっとしたら酒のはずみで暴力を振るったり、振るわれたりしたこともあったかもしれませんが、それで親父が死んだとして……ばらばらにされるようなことは、なかったと思います。


 夏の行楽シーズン、榛名山麓でバラバラ死体が発見された。ただちに特別捜査本部が設置される。
 捜査を担当する葛警部補は、次々に寄せられる死体発見報告を受けながら、「なぜ」と自問する。なぜ死体は切断されたのか? なぜ榛名山麓に捨てたのか。それがわからなければ、たとえ被疑者を逮捕しても事件は終わるまい……。
 被害者の過去を辿り、唯一の「なぜ」を解き明かす捜査が始まる。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 22:54| 雑誌等掲載短篇

2022年12月09日

「倫敦スコーンの謎」


掲載誌:「紙魚の手帖」vol.8


お菓子作りとは科学であり、再現性がある


 高校で調理実習が行われる。本場のロンドンで食べたことがあるから任せてと胸を張る生徒が焼いたスコーンは、しかし酷い失敗に終わった。
 レポートを課せられた小佐内は途方に暮れる。「わたしが見る限り、手順は完璧だったの」。お菓子作りには再現性がある。手順が正しくて、たまたま失敗したりはしない。しかし、何を失敗したのか?
 推理が始まる……クラスの人間関係に、波風を立てないために!

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2022年11月25日

「それから千万回の晩飯」


掲載誌:「小説野性時代」(KADOKAWA)特別編集2022年冬号


 承知致したきはやまやまながら、まだ約束のものも少々あり且、この月廿日から歸省しますので(□□□したンですからね)今月中には承合いかねます、せめて四月一杯として戴けませんか。それでも宜しかったら書きます。


 山田風太郎賞を受けた「私」に届いた一葉の葉書、それは、編集者だった妻の大叔父が山田風太郎から受け取った、原稿依頼の断り状だった。風太郎曰く、「山田三兄弟」の誼みもあるが、今は書けない……。
 山田三兄弟とは、誰々を言うのだろう。帰省の理由は? この葉書は何年のものなのか。そして何より、妻の大叔父は山田風太郎から原稿を受け取れたのだろうか。
 数々の疑問を胸に、「私」は資料を辿り始める。それは終戦直後の東京に、若き山風と若き編集者の交流を追う旅の始まりとなった。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2022年06月25日

「三つの秘密、あるいは星ヶ谷杯準備滞ってるんだけど何かあったの会議」


掲載誌:「小説野性時代」(KADOKAWA)vol.224


「じゃあ、会議を始めます。題して――星ヶ谷杯準備滞ってるんだけど何かあったの会議。よろしくお願いします」



 神山高校伝統のマラソン大会、星ヶ谷杯。その開催が間近に迫る中、運営を司る総務委員会は問題を抱えていた。準備が一向に進まないのだ。
 問題に対応するため、用意を担当する「ルート誘導班」「用具調達班」「救護・計時班」の班長が集められ、会議が開かれる。司会を担当するのは総務委員会副委員長、福部里志。そして、かの美しいテンプレート、責任のなすりつけ合いが始まった。
 会議ミステリです。責任の所在を明らかにするか、それとも、問題解決を第一に掲げるか。匙加減はすべて、福部里志に任されています。

タグ:〈古典部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2022年02月22日

「供米」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2022年3・4月合併号


 思えばあの日、私は自らの詩才に見切りをつけたのだという気がする。春雪の言い分はまったく是と出来ないものであったが、それを肯定できないのが私の限界だと悟ったのだ。塩と味噌で酒を飲みながら、私は、私には理解できない小此木春雪よ、君はどこまでも飛んでいくがいいと思っていた。僕は地上にあってそれを見上げよう。
 あれから、世は明治から大正に移った。春雪はもう飛ばない。


 大正。詩人小此木春雪が持病の喘息で世を去ってから一年、遺稿集が刊行された。しかしそこに載った詩は、春雪らしくもない緩みのあるものばかりで、これでは春雪の遺名は下がるばかりに思われた。
 春雪の友人で、その葬儀では挽歌も作した「私」は、遺稿集を出すと決めたのは春雪の細君だという話を聞き、その真意を確かめるべく汽車に乗る。向かうは春雪の故郷にして最期の地、濃州中津川。車中、彼は自分と春雪との友情を思い出してゆく。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年12月09日

「羅馬ジェラートの謎」


掲載誌:「紙魚の手帖」(東京創元社)vol.2


 三月のショッピングモールで小佐内さんが謎の存在に気づいたのは、暖房が効いた店内でチョコスプレーがジェラートに沈んだ、その深さからだった。


 このところ借りを作り過ぎた小鳩が、小佐内に埋め合わせを提案する。小佐内は、郊外のショッピングモールに出店した噂のジェラテリア〈アバーネッティーズ〉の、ジェラートを要求した。
 テストが終わった三月のある日、二人はそれぞれショッピングモールを目指す。合流したジェラテリアで小佐内は、自らのジェラートにチョコスプレーが沈む深さを見て、何かを悟った……。

 北原尚彦先生の解説付きでございます。

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年12月01日

「片恋」


掲載誌:「週刊新潮」(新潮社)2021年12月2日号〜12月23日号


 高校生の時、わたしの恋人がわたしと姉を見比べて、「どうして?」と言い放ったことがある。まったく、どうして、である。その頃のわたしには、姉とわたしが姉妹であるという事実こそが世界の理不尽さそのものだった。それはそれとしてわたしはそいつを殴って交際を終わらせた。


 小さな町工場に生まれた姉妹。姉は美しく、妹は、いずれ自分も姉のように美しくなるのだと思っていた。時は流れ、生きることを喜んでいない姉と、たくましく人生を切り開く妹の道は、思いがけないところで交差する。
 そして妹は、姉「で」人を殺すことになる。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年06月27日

「可燃物」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2021年7月号


 いずれにしても、火つけは火あぶりですよ。これまでは小火で済みましたが、次もそうとは限らない。


 地方都市で連続放火事件が発生。県警捜査一課から葛班が派遣されるが、捜査開始直後から放火はぴたりと止んでしまう。捜査員が犯人に気取られたのか、それとも……。葛は消防の火災調査係と連携し、この街で過去に起きた惨事を知る。
 聞き込みと張り込みと手口記録を武器に、一歩ずつ犯人に迫っていくホワイダニット。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年01月22日

「ねむけ」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)
発売日:2021年1月22日


 人間の観察力と記憶力はあいまいなものだ。時に誤り、時に正確になる。葛は、二人の目撃者の証言が一致したとしても疑問には思わなかっただろう。三人の言うことが同じだったら、少し疑う。そして四人がまったく同じ証言をしたとなれば、それを頭から信じることなど出来はしない。



「オール讀物」に寄稿した短編です。

 強盗傷害事件が発生し、特別捜査本部が設置された。被疑者は数人、中でも特に容疑が濃厚な男がいる。刑事にマークされていた彼は、深夜三時、交通事故を起こした。
 現場の交差点には信号機があった。もし被疑者が信号を無視したのであれば、公明正大に逮捕できる。葛警部は事故の目撃者を探すよう、指揮下の刑事たちに名じる。そして、目撃情報は集まった……いともたやすく、充分な数が。

 ハードワークゆえの睡魔に襲われながら、しかし葛はひっかかりを覚える。深夜三時の事故に四人の目撃者がいて、その証言が大枠で一致することがあり得るだろうか。
 深夜三時、強盗被疑者は何をしていたのか。証言者たちは何を見て、何を見なかったのか。彼らに繋がりはあるのか?
 葛は、逮捕しないための裏付け捜査を命じ、自らは推理に没頭する。

 ミッシングリンク!
 せっかくですから、葛警部に先んじて「共通項」の正体を当てられるか、試していただければ幸いです。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 20:57| 雑誌等掲載短篇

2020年12月11日

「桑港クッキーの謎」


掲載誌:「ミステリーズ!」(東京創元社)
発売日:2020年12月21日


わたし、誰にでも公平でありたいと思ったことは、一度もない。



 船戸高校出身の芸術家縞大我が、サンフランシスコ美術展で特別賞を受賞。全国紙でも報道され、テレビでも取り上げられる騒ぎとなり、市はにわかに活気づく。そんな中、小鳩常悟朗は新聞部の堂島健吾から頼みごとをされる。いわく、
「小佐内を紹介してくれないか?」

 新聞部員の健吾は、縞大我の学生時代の活動を調べるうち、縞が残した絵を見つけたのだ。だがそれはロシアの画家の絵にそっくりだった。練習のために模写したのかと思われたが、どうやらこの絵は県展に出展されていたらしい。
 この絵は剽窃なのか? 健吾は卒業生の成功を祝うつもりで、彼の旧悪を暴いてしまったのか?
 剽窃ではないと言える理由が、何かひとつでも見つからないか。健吾は藁にも縋る気持ちで、かつて絵にまつわる謎を解いた(ことになっている)小佐内を頼ろうとしている。

 相談を受けた小佐内は言う。
「いやです」
 まあ、そうだよね、と小鳩は思う。小市民たらんとする小佐内ゆきが、どうして鑑定士のまねごとをしなければならないのか。だけどそこはそれ、人情というものがあるじゃないか!
 ふたりは紆余曲折の末、絵の正体に迫っていく。
 謎のカギを握るのは――サンフランシスコ生まれのにくいやつ、フォーチュンクッキー。


 調査と捜査の面白さを描ければと思った短編です。
 お楽しみいただければ幸いです。

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年10月06日

「落日孤影」


掲載誌:「カドブン」
発売日:2020年10月6日


「菩提を弔っておりました」
「何者の菩提を」
「此度の戦で果てた者どもの」
「何十何百とおろう」
「はい」



 荒木摂津守村重がいのちを賭けた謀叛は、十二月以降ろくに鑓も交えないまま、静かに終わろうとしていた。有岡城の戦いの敗北は軍事力の敗北であった以上に、政治力の敗退であった。そして城内では、少しずつ、「村重以後」に備える動きが始まる。
 村重は、人心の離反を扇動する「誰か」を一太刀に切り捨てればすべては元通りにうまくいくと信じている。村重の政治的ショーを妨げた一発の銃弾、それがどこから放たれたかさえつきとめれば、何もかも元通りになるのだと……。
 夏が終わる。
 荒木村重と黒田官兵衛の籠城が、終わろうとしていた。

 四章にわたって書いてきた有岡城の物語、その秋の章をお送りします。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年08月07日

「バラ法」


掲載誌:「群像」(講談社)
発売日:2020年8月7日


「豚バラの角煮じゃん」
「じゃん、と来たか……」
「豚バラは禁止じゃなかったっけ」
 在宅勤務に従い通勤の負荷が軽減され、「夫に貫禄がつき、人が丸くなってきたことに対する緊急の措置として」豚肉はバラを禁ずると妻が宣言したのは、わずか三日前のことであった。



 豚バラの角煮を食べるだけの話です。
 本当にそれだけです。


「day to day」に寄稿した「ありがとう、コーヒーをどうぞ」、「小説現代」に寄稿した「里芋病」とたぶん同じ日の、別のふたりのお話です。
 実はこの三篇、同時に書いたのです。おそれに満ちた世相の中で、自宅で読めるものを……という「day to day」の趣旨に賛同し、かなしくない、平凡なものを書いています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年07月10日

「遠雷念仏」


掲載誌:「カドブン」
配信日:2020年5月10日、6月10日、7月10日


 また、かすかに雷鳴が耳に届く。村重は首を巡らして障子を透かし見るが、夏の日は眩しいばかりに照り、ふたたび夕立が来ようとは思われない。
「遠雷じゃな」
「さようにござる」
「こなたに来ねばよいが。落ちねばよいが」
「さようにござるな」
「……儂は将じゃ。雷が来ねばよいと願うだけでは足りぬ。御坊。有岡の開城は、長島、上月のようであってはならぬ」



 城兵の士気は未だ高く、武具兵粮の備えも充分で、有岡城はまだ一年でも二年でも戦える。だからこそ荒木村重は、戦の終結に向けて交渉を始めていた。交渉の窓口は息子の義父、惟任日向守光秀。使僧を丹波に派遣し、村重は終戦工作を進めていた。しかし惟任家は深入りを嫌ってか、到底村重が呑めない、過大な条件を突きつけてくる。世に知られた名物、銘〈寅申〉を質として渡せというのである。
 村重は、その条件を受け入れ、〈寅申〉は使僧の手に渡った。使僧は払暁を待ち、有岡城を忍び出て光秀のいる丹波を目指す手はずになっていた。

 その夜、使僧が斬られた。
 むくろを検めた村重は、残された荷物の中に〈寅申〉がないことに気づく。あれがなければ終戦工作は頓挫してしまう……。
 使僧を斬ったのは、織田の手の者か? そうとも言い切れない、奇妙な点が村重の気にかかる。

 村重は地下へ向かう。この有岡城で最も優れた知恵者にして囚人、黒田官兵衛に会うために。
 まだしも受け入れられる形で、この戦に敗北するために。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年06月27日

「友情」


掲載紙:「北國新聞」「富山新聞」
発売日:2020年6月27日


 神父さま。私はこの年まで教会というところには来たことがない人間ですが、ここでは懺悔というものを聞いていただけるというので、とうとう来てしまいました。どうか私の話を聞いて、もし出来れば、こんな私にも赦しはあるとおっしゃってください。



「北國新聞」「富山新聞」に寄稿した掌編です。

 ある教会に、男たちが懺悔に訪れる。彼らは罪を犯し、それを悔い、失われた友情に思いを馳せていた。だが彼らは、自らの身に起きたことをすべて知っていたわけではなかった。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年06月22日

「崖の下」


掲載誌:「オール讀物」
発売日:2020年6月22日


  群馬県杉平町杉平警察署に遭難の一報が入ったのは、二月四日土曜日の午後十時三十分のことだった。通報者は鏃岳スキー場でロッジ「やじり荘」を経営する芥見正司で、一一〇番ではなく杉平警察署に直接電話をかけ、夕食までに戻るはずの客が戻らないと訴えた。十時五十六分にロッジに警官が到着し、事情聴取をしたところ、埼玉県上庄市から来た五人連れの客のうち、四人が戻っていないことが確かめられた。



「オール讀物」に寄稿した短編です。

 群馬県のスキー場で遭難事故が発生し、速やかに救助隊が組織された。
 遭難した四人のうち二人は、崖下の谷筋に落下しているのが見つかった。一人はすぐに救急搬送されたが、意識不明の重体である。そしてもう一人は、崖の下に残された。他殺体だったからだ。

 厳冬期、深夜の山中に、第三者がいたというのは考えにくい。犯人は救急搬送された遭難者で間違いない。
 だが、遭難者が犯人だと考えると、一つどうしても解けない謎が残る。……現場に凶器が残されていないのだ。
 遭難者の意識回復を待って事情聴取すれば、わかるかもしれない。だが意識はいつ戻るかわからず、意識が戻った遭難者が素直に自白するとは限らない。

 県警捜査一課の葛警部補は部下に命じ、あらゆる情報を集める。
 果たして「何が」被害者の命を奪ったのか。
 指揮官に、一人で考える時間などほんの僅かしかない。そして葛は、そのわずかな時間に沈思する。


 ハウダニット!
 せっかくですから、葛警部補に先んじて「凶器」の正体を当てられるか、試していただければ幸いです。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

「里芋病」


掲載誌:「小説現代」
発売日:2020年6月22日


 あなたのためを思ってという言葉は、相手を制御したいという毒をどこかに潜ませている。けれど私たちの場合は違うはずだ。



「小説現代」に寄稿した掌編です。

 妻は死を恐れる。自分自身のそれをではなく、身近な人に死の影が射すことをひどく怖がる。
 だから私は、妻に話すことが出来ない。――自分がしばしば、奇妙な汗をかくことを。
 私はこの汗をかく症状をもたらす何かを、「里芋病」と呼んでいる。


「day to day」に寄稿した「ありがとう、コーヒーをどうぞ」とたぶん同じ日の、別のふたりのお話です。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年06月06日

「ありがとう、コーヒーをどうぞ」


掲載誌:「tree
公開日:2020年6月6日


 雨はいつでも降るし、どんな時でも季節は巡るものだ。



「tree」の企画「day to day」に寄稿した掌編です。
 秘密の職場のお話です。

 マグカップはどこにあったか、少々鈍感なのは誰だったかというお話でもあります。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年02月10日

「花影手柄」


掲載誌:「カドブンノベル」2020年 1月号・2月号・3月号
発売日:2019年12月10日・2020年1月10日・2月10日


 武士たるものすべては戦、起き伏しも飯を食うことも、仏のことも宝のこともこれすなわち戦じゃ。されば茶は、茶だけは戦にするまいと思うておった。……が、出来なんだ。



「カドブンノベル」に前中後編で寄稿した中編小説です。

 初戦を防ぎ切り、荒木村重の謀叛は長期化しつつあった。士気を保つために勝利を欲する村重は、城の東側に小規模な陣地が築かれつつあることに気づいた。格好の獲物とばかり村重は夜襲を試み、見事に勝利する。だが、その勝利こそが、有岡城に新たなる危機を生じさせた。

 夜襲に用いられたのは、三部隊。村重が直率する御前衆。降伏開城した高槻城から脱出した、高山大慮(ダリヨ)率いる高槻衆。大坂本願寺の命で有岡城に入った、鈴木孫六率いる雑賀衆である。御前衆は村重を守って攻撃には参加せず、陣を攻めたのは高槻衆と雑賀衆だった。
 陣を築いていた織田勢はまともな抗戦も出来ず、総崩れに逃げ去った。それもそのはず、寄せ手は敵将を討ち取っていたのだ。だが……高槻衆が挙げた首、雑賀衆が挙げた首、どちらが敵将の首なのかが判然としない。

 天下に武名を鳴らす大手柄を上げたのは、果たしてどちらか。
 手柄争いは思いもかけず、南蛮宗と一向宗の争いに発展する。誰が見ても納得する裁定を村重が下さない限り、城内は二つに分断されてしまう。そうなれば、落城も時間の問題である。

 時間は残されていない。村重はふたたび、地下牢の囚人――黒田官兵衛の知恵を借りることを決意する。
 だが官兵衛の興味を引いたのは、「誰が敵将を討ち取ったか」ではなかった……。


 被害者は織田の将。容疑者は夜襲に加わった荒木勢。
 つまり、フーダニットです。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2019年12月10日

「龍軸経」


掲載誌:「オール讀物」2020年 1月号
発売日:2019年12月10日


 唐天竺の海も案内いたしましょう。凍りつく海、煮え立つ海も見物いたしましょう。いつまでも、どこまでもお心のままにお連れいたします。



「オール讀物」に寄稿した短編です。

 京都生まれのかれは家の事情で引っ越すことになり、船に乗せられたが、ひどい船酔いに苛まれた。苦しみぬいて、ふと気づくと、まわりには誰もいない。とにかく船から逃れたい一心で海に飛び込むと、不思議と五体が水に馴染む。しばらく海に遊ぶうち、魚たちの泳ぎを見るうちに、どうもその自在さが羨ましくなってきた。もっと思うままに遊んで、海の彼方までも見物したいものだと思っていると、海底から龍が現れて、願いをかなえてくれるといった……。


 おそれ知らずにも、本歌は雨月物語、「夢応の鯉魚」です。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2019年07月22日

「わたしキャベンディッシュ」


掲載誌:「オール讀物」2019年 8月号
発売日:2019年7月22日


 こどものころ、桜を見せるためわたしを連れ出した母が、この木は子孫を残せないのよと教えてくれた。いちばん美しい花を咲かせるように人間が手を加えて、そしていちばん美しい花を咲かせるようになって、その代償として殖える力を失ったのだと。わたしはその話が好きだった。恐ろしいような気もしたけれど、それ以上に、ヒトにそれほどの力があるということが嬉しかった。



「オール讀物」の企画「妖し」に寄稿した短編です。

 運びやすく剥きやすく種もなく、調理にも適し、甘く、ヒトの生命を維持するのに充分なカロリーを備えた天からの授かりもののような植物、バナナ。しかし現在、世界で栽培されているバナナはすべて単一の遺伝子から成っていて、それゆえに新しい病気が発生すればたちどころに全滅してしまうおそれがある。そのため世界中でバナナの品種改良が進められているが、それはヒトの手によって種子を作らなくなったバナナにヒトの手によって子孫を生み出させようとする、エゴイスティックな試みである。
 アメリカの果物大手フルテーラ・インペリオ社もまた、バナナの品種改良を続けていた。生育北限に近い宮崎県の研究所に雇われた「みのり」は、持てる限りの知力と体力を研究に注ぎ込む――生活を省みることなく。「みのり」にとってはすべてが研究の礎である。自らの生活の破綻さえも、例外ではないのだ。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2019年05月22日

「白い仏」


掲載誌:「オール讀物」2019年 6月号
発売日:2019年6月1日


 あの仏像は家の守り、村の守護、子々孫々に至るまでゆめゆめ動かすべからず



「オール讀物」に寄稿した短編です。

 無人の廃村に移住者を招いてから数ヶ月。簑石に冬が訪れた。
 ある日、甦り課の垂水と観山は、移住者のひとり長塚昭夫に呼び出される。くだくだしい話を要約すると、移住者のひとり若田一郎が秘蔵している仏像を見られるよう、甦り課に便宜を図ってもらいたいということのようだ。長塚は言う、若田が持つ仏像は円空仏、状態次第では観光の目玉になる、と。
 しかし若田は、仏像の公開を頑なに拒む。もともと仏像は、若田が住んでいる家の家主が置いていったもので、若田に所有権はない。それを気にしているのかと問う甦り課に、若田は首を横に振った。
 この仏像は天からの預かり物。あだやおろそかには出来ない、というのである。

 仏像を見たい長塚と、見せたくない若田。両者の綱引きが膠着したある日、若田は甦り課に変わった頼み事をする。
 いまは新築の離れに安置されている仏像を、もともとあった場所に戻したい。そのためには所有者の日記が手がかりになりそうだが、なにぶん量が多く、一人では調べきれない。調べ物を手伝ってくれないかというのである。
 課長が安請け合いしてしまったため、これはさすがに市職員の仕事ではないだろうと思いつつ、垂水と観山は日記の解読に出かける。

 しかしその最中、怪事が起きた。
 たしかにさっきまでスムーズに開け閉めできていたはずの仏間のドアが、いきなり、びくともしなくなったのだ。
 鍵さえついていないドアなのに、押しても引いても開かない。閉じ込められた垂水はパニックを堪えつつ、必死に、なぜドアが開かないのか、どうすれば開けられるのかを考える……。


 少し変わった密室ミステリ、〈甦り課〉の掉尾を飾る一篇です。

タグ:〈甦り課〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2019年02月12日

「伯林あげぱんの謎」


掲載誌:「ミステリーズ!」2018年 9月号・10月号
発売日:2018年12月12日・2019年2月12日


 ひとつ。健吾が断言したことだけは、間違いなく事実だと信じることにする。
 ひとつ。この事件に超常現象はいっさい絡んでいないと考える。
 ひとつ。犯人の行動には彼または彼女なりの合理性があると認める。



「ミステリーズ!」に前後編(試食編・実食編)で寄稿した短編です。

 小鳩常悟朗は放課後、新聞部の部室にアンケートを届けに行くよう頼まれました。つつがなく用事を済ませ、帰ろうとした小鳩に、新聞部の堂島健吾がためらいながらこう切り出します。
「……常悟朗。いま、暇か?」
 新聞部では年末用の特集記事のため取材を進めていたが、その最中に奇妙な事件が起きたというのです。堂島はその解決を(いやいやながら)小鳩に頼んできました。友人の頼みとあらばやむを得ないと、小鳩は(嬉々として)事情を尋ねます。
 それは、些細ながら深刻で、単純ながら込み入った……フーダニット(犯人当て)の物語でした。

「ミステリーズ!」誌上で行われた、犯人当て企画のための短編です。
 小鳩曰く、「事件の真相を、ぼくは指摘できる。ぼくと同じ材料を手にしたひとならば、同じことが出来るはずだ。」だそうです。

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2019年02月10日

「雪夜灯籠」


掲載誌:「文芸カドカワ」2019年 1月号・2月号
発売日:2019年1月10日・2月10日


 荒木摂津守様。摂津守様はいったい、なにを斯様に恐れておられるのか。武士の習いを曲げ――織田に楯突いてまで――なにをそれほど恐ろしゅう思うておいでか。官兵衛それが知りとうござる。それを、お聞かせ願いたい。



「文芸カドカワ」に前後編で寄稿した短編です。

 織田信長の家臣にして、空前の出世を果たした荒木村重は、何を思ったか突然叛旗を翻し摂津は伊丹の有岡城に立て籠もった。信長は説得を断念、名だたる将たちに大軍を率いさせ有岡へと差し向ける。
 風雲急を告げる有岡城で、奇怪な事件が起きた。

 荒木方であった大和田城が織田に寝返ったため、大和田城から取った人質、安部自稔の処遇が問題となる。誰もが自稔は見せしめに斬られると思っていたが、村重はその命を助け、かれを牢に入れると宣言する。
 しかし、牢が出来上がるまでの僅か一日のあいだに、安部自稔は殺されてしまう。
 その死に様は、目に見えぬ矢で貫かれたとしか思えない不可思議なものであった。

 自稔の死は仏罰だ、いやあれは村重による成敗なのだ。さまざまな噂が乱れ飛び、将兵は動揺する。
 噂が自分への悪評に変わりつつあることに気づいた時、村重は、この殺人事件を解決して人心を収攬しない限り有岡城は持たぬと直感した。
 しかし村重がどれほど知恵を絞ろうと、自稔殺しの真相は見えてこない。

 有岡城には一人だけ、村重を上まわる知謀の持ち主がいた。
 もう二度と会うこともないと思っていたその男に知恵を借りるため、村重は地下牢へと下りていく。
 地下牢の男――すなわち、黒田官兵衛である。


 雪の密室殺人事件です。
 
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年09月17日

「昔話を聞かせておくれよ」


「小説すばる」2018年 9月号・10月号
発売日:2018年8月17日・9月17日


 物語の基本は復讐と宝探しだそうだ。復讐はきな臭いな。宝探しでお互い一席ぶつというのはどうだ。



「小説すばる」に前後編で寄稿した短編です。

 図書委員である堀川次郎と松倉詩門は、これまでいくつかの謎に関わり、その幾つかを解き明かしてきた。そして晩秋のある日、松倉詩門が奇妙なことを言い出した。
「昔話でもしようぜ」
 十円玉を使った賭けに負け、先に話すことになった堀川は、自分の過去の出来事を話す。堀川の話を聞き終えて、松倉もまた、彼自身について語り始める。
 それは、六年前に始まり、いまも続いている「宝探し」の物語だった。

 堀川と松倉、彼らについてのミステリです。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年07月17日

「ない本」


「小説すばる」2018年 8月号
発売日:2018年7月17日


 本を探しているんだ。



「小説すばる」に寄稿した短編です。

 三年生が自殺した。死者の名はいくつも説があり、自殺の方法も幾通りも噂された。
 図書委員の堀川と松倉は、今日も今日とて利用者の少ない図書室で、少しは図書委員らしいこともしたいものだと愚痴を言いながら当番を務めていた。そこに来た三年生が、「本を探している」と言ってきた。
 喜び、どんな本を探しているのかと訊く堀川に、三年生は言う。死んでしまったクラスメートが、最後に読んでいた本を知りたい……。

 三年生は、コンピュータかなにかで簡単に貸出履歴が見られると思っていたようだが、貸出システムは履歴を見られるようになっていないし、そもそも図書委員はそういう問い合わせに答えない。
 しかし、探している本の特徴がわかるなら、探しものの手伝いは出来る。そう伝えると、三年生は本の特徴を一つずつ思い出し始める……。

 手がかりは読者の手の中にあります。
(電子書籍の場合は、ちょっと難しいかもしれませんが)

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年06月22日

「守株」


「小説新潮」2018年 7月号
発売日:2018年6月22日


 そこで、ぜひとも聞いて頂きたいのですが、私もまた、切り株を守っていたのではないでしょうか。



「小説新潮」に寄稿した短編です。

 韓非子に、田を耕す男の話が出て来ます。
 ある日、男が働いていると森の中から兎が飛び出してきて、切り株に頭をぶつけて死んでしまいました。
 男はその日から耕作をやめ、切り株を守り始めます。この切り株にぶつかって死ぬ兎を手に入れるために……。

 会社と家を往復する男が気づいた、平穏な日常に刺さっている小さな棘についての物語です。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年06月12日

「安寿と厨子王ファーストツアー」


「ミステリーズ!」vol.89 2018 JUN
発売日:2018年6月12日


 この世が憂きものであるならば、それはなぜだ。この世を憂きものにしているのは、仏か、おのれか。



「ミステリーズ!」に寄稿した短編です。

 岩代の安寿は母親と弟と連れだち、九州に流された父を訪ねようと旅する途中、人買いに騙され丹波の山椒大夫に売られた。厳しい苦役の日々の末、弟だけでも逃がすため、安寿は沼に身を投げた……。
 しかし安寿は、死んではいなかった!
 琵琶を手に、息を胸いっぱいに吸い込んで、安寿はいま山椒大夫に、運命に、憂き世に戦いを挑む。

 安寿がファーストツアーに旅立つまでの物語です。
 商増すと轟音。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年05月21日

「白木の箱」


「STORY BOX」JUNE2018
発売日:2018年5月21日


 おみやげを楽しみにねと笑って出かけた夫が、白木の箱に入れられて、こんなに軽く、小さくなって帰ってくるなんて――。



「STORY BOX」に寄稿した掌篇です。

 原稿用紙五枚弱の、本当に短い話です。
 上記引用文が全てを物語っています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2018年04月15日

「千年紀の窓」


「たべるのがおそい」vol.5
発売日:2018年4月15日


〈一見して病死だった。デュー(デュー・マクラウド刑事)は早く帰りたがっていて、「これは警察の仕事じゃないな」と二度言った。私も同じ意見だった――机に突っ伏した、ラリー・シューメーカーの顔を見るまでは。彼の顔は曲がっていた。数多くの死体を見てきたが、あれほど奇怪な顔は見たことがない。私は呻き、デューを呼んだ。私が見たものを見て、彼は言った。「神さま」〉



「たべるのがおそい」に寄稿した短篇です。

 西暦2000年のある日、ペンシルヴァニア州の小さな町で、一人の男が命を落とした。施錠されたオフィスで夜中までコンピュータに向き合って仕事をしていたが、とてつもないストレス――怒り、不満、あるいは恐怖――に晒され、心臓が止まってしまったのだ。
 この「ラリー・シューメーカー事件」については、さまざまな見方が存在する。事件を担当した刑事は二人とも世を去ったが、そのうち一人は回顧録を遺していた。その回顧録と新発見の資料からシューメーカー事件の真相へと迫っていくH.B.ライスバレーのレポートを、米澤穂信が初めて邦訳する。
 という短編です。

 昔日の恐怖が、いま甦る。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇