2022年11月13日

『タイム・リープ』帯文


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 こんなにも美しく、すべてが組みあがっていくなんて。傑出したSFであると同時に、ルールが公平さを保証する名作ミステリ。



 この小説において時間は解体され、欠片となる。パズルが隙なく組みあげられた時、読む者はその構造美に感嘆するだろう。


著:高畑京一郎
出版社:KADOKAWA(メディアワークス文庫)
上下巻

 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
『タイム・リープ』が特徴的なのは、時間が行き来しつつも、同じ時間は二度と訪れないという条件設定にあります。このルールがあるため「空白の時間」を埋めていく作業が可能になり、構造は強固に、美しくなるのです。そこには、ミステリの楽しみがあります。
 本書が広く読まれる一助になることを願っています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2022年11月05日

『南無殺生三万人』帯文


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魔風なおも逆巻く――
なんと妖美に歴史を彩るのだろう
山田風太郎、奇想奔放たり


著:山田風太郎
出版社:宝島社(宝島社文庫)

 上記新編の帯文をお任せいただきました。
 収録作の中では、生きることの喜びを高らかに歌い上げ、政治の化物と成り果てた家康をも魅了する「慶長大食漢」が最も好きです。
 武田・徳川の今川侵攻を描いた「姦臣今川状」、戦国の法から平時の法へ移り変わる時はこのようなこともあったかと思わせる「南無殺生三万人」が、それに次ぎます。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

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2022年10月06日

『元禄おさめの方』帯文


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妖風いまだ止まず――
得がたい珠玉に、またも巡りあった
山田風太郎に底はないのか


著:山田風太郎
出版社:宝島社(宝島社文庫)

 上記新編の帯文をお任せいただきました。
 本書の中では表題作「元禄おさめの方」が圧巻、白眉です。一人の女性の死を通じて、元禄という時代、綱吉という「暗君」への見方に変更を迫る、迫力ある一篇でした。
 本書が広く手に取られる一助になることを願います。

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『アブナー伯父の事件簿』帯文


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ここにはミステリとアメリカ、
それぞれの若き日の姿がある。
そこでは敬神と合理、
法の尊重と自力救済が
矛盾なく同居している。


著:M.D.ポースト
出版社:東京創元社(創元推理文庫)

 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
 アブナー伯父は特異な人物です。私の中ではブラウン神父(カトリック)、修道士カドフェル(修道会)、そしてこのアブナー伯父(プロテスタント)が敬虔なる名探偵の三巨頭なのですが、アブナー伯父だけが聖職に就いていません。畑を耕し、牛を飼い、そして事件とその解決の中に神の手を見るのです。私はそれを、アメリカらしいと思います。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

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2022年08月23日

『殺意』解説


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著:井上靖
出版社:中央公論新社(中公文庫)
解説:米澤穂信

 井上靖の小説群からサスペンスに富む作品を特に選んだオリジナル短篇集の、解説をお任せいただきました。身に余る光栄です。
 初めて読んだときからそのおそろしさ、かなしさが胸から離れない「雷雨」は、やはり何度読んでもいいものでした。作中の双璧は「傍観者」「ある偽作家の生涯」でしょう。高潔と俗悪を二つながらに描き出す井上靖の筆の冴えについては、いまさら私などが何を言うまでもないことでありますが、新しい読者の入口になればと願うばかりです。

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2022年08月03日

『沈黙のセールスマン』帯文


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 自らの性分に振りまわされ、打ちのめされ、自らがぼろぼろであることを理解しながらも、他人の問題を解決する仕事を天職とし、すべてをそれに捧げて生きる男。
 私はアルバート・サムスンが好きです。
(ミステリマガジン2022年9月号より)


著:マイクル.Z.リューイン
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫)


 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
『沈黙のサラリーマン』は、アルバート・サムスンシリーズの最高傑作であると同時に、私にとっては大いなる謎です。捜査と推理の小説として圧倒的な面白さを備えながら、その面白さを、うまく言葉で説明できずにいるのです。
 シリーズの中では、『消えた女』が本作と並ぶ傑作です。アルバート・サムスンシリーズが広く手に取られる一助になればと思います。

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2022年01月07日

『赤い蝋人形』帯文


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地獄だ
人間地獄がここにある
推理に何が救えよう


著:山田風太郎
出版社:河出書房新社(河出文庫)

 上記新編の帯文をお任せいただきました。
 山田風太郎の現代短篇の中で、私がこよなく愛する二編、聖俗が混淆して人間性の極致を描き出す「新かぐや姫」、惨劇の合間からそれにも増してかなしい創作の業が見える「赤い蝋人形」が収録されています。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

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2021年12月01日

『本陣殺人事件』帯文


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日本ミステリに夜明けを告げた
若き情熱の結晶である


著:横溝正史
出版社:KADOKAWA(角川文庫)

 上記の帯文をお任せいただきました。
 まさか自分が『本陣』の帯文を書く日が来ようとは、思いもしないことでした。そして読み返して思う、「新本格」との共通項! こんなに若々しい小説だったとは、かつては気づくことが出来ませんでした。
 日本ミステリに燦然と輝くマイルストーンの、艶消しになっていないことを願っています。

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2021年10月07日

『ウサギ料理は殺しの味』帯文


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 唯一無二。
 奔放なる奇想が
 生み出してしまった、
 ミステリ史に残る大怪作です。


著:ピエール・シニアック
出版社:東京創元社(創元推理文庫)

 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
 本書を初めて読んだときの「なんだこれ」「なんだこれ!」「なんだこれ……」という思いは、忘れられません。その印象を何とか言葉にしようと試みました。ですがいっそのこと、「なんだこれ」でもよかったかもしれません(よくないか……)。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

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2020年02月21日

『消えた脳病変』解説


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著:浅ノ宮遼
カバーイラスト:牧野千穂
カバーデザイン:大岡喜直(next door design)
出版社:東京創元社

発売日:2020年2月21日
定価:本体680円(税別)
文庫判


 第11回ミステリーズ!新人賞の選考過程で「消えた脳病変」に巡り会った時は、ずいぶん昂奮したものです。一読、あまりにも「これだ」という思いが強すぎて、何か見落としていないか不安になったほどです。
 単行本が刊行された時、その受賞作「消えた脳病変」に匹敵するクオリティの短編が並んでいることに驚き、嬉しくなりました。今回解説をお任せいただいたことは、まことに光栄です。

 作中の医師たちは、やり方は違えど、ただひたすらに仕事をしています。奇矯な行動は何一つしていません。それでも(それだからこそ)、人間味が滲み出てくる。私はこの本が好きです。
 微力ながら、この本が多くの方の手に渡る手伝いが出来ていればと願っています。

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2018年02月28日

『蕃東国年代記』解説


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著:西崎憲
カバーイラスト:市川春子
カバーデザイン:山田英春
出版社:東京創元社

発売日:2018年2月28日
定価:本体700円(税別)
文庫判

 文庫化に際し、解説をお任せ頂きました。

 新潮社から単行本が刊行された時、著者がカーシュやバークリーの訳者だとは気づかず、東洋趣味の幻想譚というまことに好みの趣向に惹かれて読んだことを憶えています。
 さらりと読める物語の一つ一つに、遠い源流と凝った美意識がある小説ですので、微力ではありますがそれらを読み解く一助になればと思いつつ解説を書いていきました。

 拙文ながら、あの時の読書の楽しさを幾分かでも皆さまにお伝え出来ていればと思います。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2017年10月13日

『太宰治の辞書』解説


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著:北村薫
カバーイラスト:高野文子
カバーデザイン:東京創元社装幀室
出版社:東京創元社

発売日:2017年10月30日
定価:本体700円(税別)
文庫判

『太宰治の辞書』の文庫化に際し、解説をお任せ頂きました。

 もとより、小説家を志していた私が特にミステリを書くことを選んだのは、円紫さんと私シリーズの五作目『六の宮の姫君』に深い感銘を受けたからでした。それだけに、今回解説を書かせて頂けたのは畏れ多くも嬉しいことです。
 思い出話と、本書と既刊との関係性と、本文を読み解く手がかりになるだろう情報とを盛り込みました。シリーズ読者の皆さまと一緒に十七年ぶりの新刊を読んでいくような解説になっていればと思います。

 変わったことと変わらなかったこと、それぞれを楽しむ、すてきなお仕事でした。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2017年09月14日

『連城三紀彦レジェンド2』収録作選定


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著:連城三紀彦
選:綾辻行人 / 伊坂幸太郎 / 小野不由美 / 米澤穂信
カバーデザイン:坂野公一(welle design)
出版社:講談社

発売日:2017年9月14日
定価:本体660(税別)円
文庫判

連城三紀彦 レジェンド』の好評を受けて続刊が編まれることになり、前巻に引き続いて収録作選定に加えていただきました。また、今回は巻末の対談にも参加しています。
 以下に収録作を記します。

「ぼくを見つけて」
「菊の塵」
「ゴースト・トレイン」
「白蘭」
「他人たち」
「夜の自画像」

 巻末には特別対談として、

「ミステリー作家・連城三紀彦の魅力をさらに語る 綾辻行人×伊坂幸太郎×米澤穂信」

 が入っています。

 各短篇の冒頭には、編纂者による解説文が附されています。私は「白蘭」と「他人たち」を担当しました。
 微力ながら、連城三紀彦が長く読み継がれる一助になることを願っています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2017年08月04日

『煙の殺意』帯文


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著:泡坂妻夫
装画:松尾かおる
装幀:柳川貴代
出版社:東京創元社

発売日:2001年11月30日
定価:本体740円(税別)
文庫判
ISBN:978-4-488-40217-4



 思い込みをくるりと反転させる手つきのたおやかさは、さすが名人。世界最高のミステリ短篇集です。




 泡坂妻夫の傑作短篇集『煙の殺意』のオビ文を書かせていただきました。
『煙の殺意』は、私が最も愛するミステリ短篇集です。それを広くお薦めできるのは本当に幸せなお仕事で、このような機会に恵まれたことを嬉しく思います。

『煙の殺意』は、「椛山訪雪図」を何より愛していて、「狐の面」もたまらなく好きで、「紳士の園」がすばらしく、「煙の殺意」はもう完璧で、今回読み返して「赤の追想」にしみじみ感じ入り、「閏の花嫁」も良いですが、「歯と胴」もなんとも忘れがたく、「開橋式次第」も賑やかで好きです。

 最初、私は「世界最高級のミステリ短篇集です」と書いていました。しかし推敲するうち、「この『世界最高級』の『級』はいるだろうか。これからさらに素晴らしい短篇集に出会うこともあるだろうし、そうあってほしいものだけれど、そうした一冊に出会ったときに『煙の殺意』を最高とは言い切れないと思い直すことがあるだろうか」と考え、「いや、そうはならないだろう」と結論づけて、「級」を取りました。
 広く読まれる一助になればと願っています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2016年11月01日

『インサート・コイン(ズ) 』帯文


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著:詠坂雄二
装画:旭ハジメ
装幀:坂野公一(welle design)
出版社:光文社

発売日:2016年10月12日
定価:本体800円
文庫判
ISBN:978-4-334-77365-6



 世界なら何千回も救ってきたのに自分一人を救いきれず、もがきながら「たたかう」を選び続ける、これは痣だらけの物語だ。




 文庫刊行にあたり、オビ文を書かせていただきました。
 字数と、より多くの読者に手にとってもらうためという目的がなければ、「キングレオに『たたかう』を選び続けるような、痣だらけの物語」と書いていたかもしれません。
 負けるとわかっている、ほとんど諦めている、それでも書き続けることをやめる気は毛頭ない、自ら選んでの消耗戦を描いたこの小説の、魅力の一端なりと伝えられていればと願います。

 ところでテレビゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズでは、とても手に負えない難敵に会った時、あるいは諸般の事情で敵とたたかいたくない時、逃走を選択することができます。
 そしてその逃走が失敗すると、「しかし まわりこまれてしまった!」と表示されます。
 本書を読む際のサブテキストとしてお役に立てばと思います。

posted by 米澤穂信 at 13:24| 解説・推薦・編纂

2015年03月27日

『星読島に星は流れた』帯文


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著:久住四季
装画:星野勝之
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
出版社:東京創元社

発売日:2015年3月20日
定価:本体1,600円
四六判仮フランス装
ISBN:978-4-488-01788-0


 オビ文を書かせていただきました。
 オビの裏表紙にあたる部分に、少し長い推薦文を寄せています。表紙部分の一文はそこから採られています。
 ここにその推薦文の全文を載せます。

天上へのあこがれと地上の欲求とが交わる一点で殺意が生まれる、その構図が美しい。胸おどる舞台設定と、ロジックを扱う手つきの確かさに、ミステリを読む楽しみとはこういうものだったと嬉しくなる。『星読島に星は流れた』という題もいい。久住四季の新たなる一歩に接し、たちまちその第二歩が待ち遠しくなった。

 なにぶんミステリですので、書きすぎるわけにはいきません。ですが、楽しく読んだということだけは何とかお伝えしたいと思っていました。
「題もいい」という素っ気ない一文に、読後、同意していただけることを願っています。
posted by 米澤穂信 at 06:03| 解説・推薦・編纂

2014年11月30日

『連城三紀彦レジェンド』収録作選定



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著:連城三紀彦
選:綾辻行人 / 伊坂幸太郎 / 小野不由美 / 米澤穂信
装幀:下山隆(Red Rooster)
出版社:講談社

発売日:2014年11月14日
定価:本体590(税別)円
文庫判
ISBN:978-4-06-277981-4

 連城三紀彦のご逝去を悼み、その筆業を改めて広く紹介するべく、アンソロジーが編まれました。
 縁あってその収録作選定に加わらせていただきました。
 以下に収録作を記します。

「依子の日記」
「眼の中の現場」
「桔梗の宿」
「親愛なるエス君へ」
「花衣の客」
「母の手紙」

 巻末には特別対談として、

「ミステリー作家・連城三紀彦の魅力を語る 綾辻行人×伊坂幸太郎」

 が入っています。


 今回、各選者がまず三編ずつ推薦し、後にそこから一編ないし二編が採られる形で選定が進められました。
 私が推したものからは「花衣の客」が採られています。
 なお、他に挙げた二編は「白蘭」と「午後だけの島」でした。どちらも一癖ある、ちょっと忘れがたいような短編です。本書をきっかけに連城三紀彦を読んでいこうと思われた方に、わずかばかりでもご参考になればと思います。
posted by 米澤穂信 at 23:25| 解説・推薦・編纂

2014年05月08日

『世界堂書店』編纂


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編纂:米澤穂信
装画・装幀:森ヒカリ
出版社:文藝春秋

発売日:2014年5月9日
定価:本体770円
文庫判
ISBN:978-4-16-790101-1


 今回、機会を頂きまして、アンソロジーを編むことになりました。

 率直に申し上げて、僭越であったという思いは拭えません。化け物揃いの文芸界にあって、なぜ私だったのか。身が縮こまるようなおそれを感じずにはいられません。
 しかし、恐縮して辞退するより蛮勇をふるって力を尽くした方が、一人でも二人でも、面白い小説に出会わせられることも確かです。場合によっては、誰かが一生の友となるような小説に会う、その契機になれるかもしれない。それならば、私の趣味を公衆の面前に晒すことにも、何らかの意味はあるのだろうと思いました。

 おそれはあっても、こう申し上げることに躊躇いはありません。いい短編、揃いました。
 お手にとっていただければ嬉しいです。



 美しい忘却の傍らに残酷な忘却を配し、無常というにはあまりにむごい結末を迎える「源氏の君の最後の恋」(マルグリット・ユルスナール フランス 多田智満子・訳)。

 この小説そのものにも何かのまじないがかかっているのではないかと思わせる、「破滅の種子」(ジェラルド・カーシュ イギリス 西崎憲・訳)。

 かつて私に植え付けられたある種の恐怖症を、今度は別の誰かに植え付けられたらと願って。「ロンジュモーの囚人」(レオン・ブロワ フランス 田辺保・訳)。

 まさかの破壊力。SFは絵だとは聞いていましたが、こんな絵を見せられようとは。「シャングリラ」(張系国 台湾 三木直大・訳)。

 恍惚とするようなシチュエーションのみから成り立つ、エキゾチズム極まる一篇。「東洋趣味」(ヘレン・マクロイ アメリカ 今本渉・訳)。

 卑俗さによって貶められたものが、高潔さによって救われるカタルシスのある話……本当に? 「昔の借りを返す話」(シュテファン・ツヴァイク オーストリア 長坂聰・訳)。

 もろく美しいものが、時の流れと共に失われる。それ自体は当然としても、もう少し、誰かが惜しんであげてほしかった。「バイオリンの声の少女」(ジュール・シュペルヴィエル ウルグアイ 永田千奈・訳)。

 乏しい読書経験から予想した展開の全てが外れ、「いや面白いものを読んだ」としか言えなくなった、忘れがたい「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」(キャロル・エムシュウィラー アメリカ 畔柳和代・訳)。

 特別さは時間によって失われる。けれど、時間を残酷と見るのは、一人称的な見方に過ぎない。次があるのだ。「いっぷう変わった人びと」(レーナ・クルーン フィンランド 末延弘子・訳)。

「物語の類型」に囚われていたことを思い知らされる。三〇〇年前のお話に! 翻訳の魅力も異様な、「連瑣」(蒲松齢 中国 柴田天馬・訳)。

 正常の中に異常が忍び寄れば、それはもちろん怖い話になる。でも、異常の中に忍び寄る正常が、まさかこんな効果を生むなんて。お年寄りは大切にしましょう。「トーランド家の長老」(ヒュー・ウォルポール イギリス 倉阪鬼一郎・訳)。

 これもまた、狂気の中の正気か。死が横溢する世界(比喩ではなく!)における尊い奇跡の物語にして、傑作ミステリ。正直に言って、真相は看破出来ませんでした。「十五人の殺人者たち」(ベン・ヘクト アメリカ 橋本福夫・訳)。

 セピア色の神話的な物語がうつくしき復讐によってビビッドに彩られていく、今後永遠に愛するだろう「石の葬式」(パノス・カルネジス ギリシア 岩本正恵・訳)。

 孤独が何によって救われるか、それは余人にははかりえない。そのことこそが、孤独だと思う。「墓を愛した少年」(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン アイルランド 西崎憲・訳)。

 海の彼方へと旅立っていった魂も、八月になれば戻ってくる。おかえりなさいませ。「黄泉から」(久生十蘭 日本)。



 そして最後に、解説にかえて拙文を載せて頂きました。
 どこかのだれかがどれかを(できればどれをも)愛してくれますように。心から、そう願っています。




まとまった(でも背景色の)収録作一覧

源氏の君の最後の恋(マルグリット・ユルスナール 多田智満子・訳)
破滅の種子(ジェラルド・カーシュ 西崎憲・訳)
ロンジュモーの囚人たち(レオン・ブロワ 田辺保・訳)
シャングリラ(張系国 三木直大・訳)
東洋趣味(ヘレン・マクロイ 今本渉・訳)
昔の借りを返す話(シュテファン・ツヴァイク 長坂聰・訳)
バイオリンの声の少女(ジュール・シュペルヴィエル 永田千奈・訳)
私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない(キャロル・エムシュウィラー 畔柳和代・訳)
いっぷう変わった人々(レーナ・クルーン 末延弘子・訳)
連瑣(蒲松齢 柴田天馬・訳)
トーランド家の長老(ヒュー・ウォルポール 倉阪鬼一郎・訳)
十五人の殺人者たち(ベン・ヘクト 橋本福夫・訳)
石の葬式(パノス・カルネジス 岩本正恵・訳)
墓を愛した少年(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン 西崎憲・訳)
黄泉から(久生十蘭)
posted by 米澤穂信 at 01:48| 解説・推薦・編纂

2014年02月13日

『カササギたちの四季』解説


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著:道尾秀介
解説:米澤穂信
装画:影山徹
装幀:片岡忠彦
出版社:光文社

発売日:2014年2月13日
定価:本体580円
文庫判
ISBN:978-4-334-76692-4

 文庫化に際し、解説をお任せいただきました。

 とんでもなく手が込んでいるのに、技巧が決して前面に出しゃばらず、物語をしっかりと下支えする。道尾秀介の小説に共通して見られるそんな美意識は、本作にも横溢しています。
 今回は、「嘘」というキーワードを用いて解説を組んでみました。

 あたたかみのあるミステリ連作で、読んでいても解説を書いていても、楽しい仕事になりました。
posted by 米澤穂信 at 18:27| 解説・推薦・編纂

2013年06月06日

『十蘭ラスト傑作選』帯文


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著:久生十蘭
解説:阿部日奈子
装画:北川健次
装幀:山元伸子
出版社:河出書房新社

発売日:2013年6月6日
定価:本体760円
文庫版
ISBN:978-4-309-41226-9

 透徹した知、乾いた浪漫、そして時には抑えきれぬ筆。十蘭が好きだ。

 河出文庫が刊行していた久生十蘭短編集シリーズが、七巻でひとまず最終巻となります。
 そのオビ文を書かせていただきました。

 以下に収録作を挙げます。

風流旅情記

雪原敗走記
フランス伯N・B
幻の軍艦未だ応答なし
カイゼルの白書
青髯二百八十三人の妻
信乃と浜路

 海の十蘭に外れなし、南方の海を行く「風流旅情記」、畝傍消失とドッガーバンク事件を並べ冒険小説の旨味も味わえる「幻の軍艦未だ応答なし」。推定処女作「蠶」。ノンフィクション的な筆致がロシアの大地に及んで秘境小説かと思うような「雪原敗走記」など、短編集七冊目に至っても落ち穂拾い的な肩すかし感が皆無の一冊です。なんといっても、ドイツ皇帝(退位済み)の日々を描いた「カイゼルの白書」が本当に面白い。十蘭にはユーモア短篇も多々ありますが、これが一番好きです。

 私などが「小説の魔術師」を推薦するなど、と尻込みもしましたが、せめて新しい読者に届く一助になればと思います。
posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2012年06月15日

『時計館の殺人』解説


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著:綾辻行人
装画:喜国雅彦
装幀:坂野公一(welle design)
解説:米澤穂信
出版社:講談社

発売日:2012年6月15日
定価:上下巻ともに本体676円
文庫判
ISBN:(上)978-4-06-277294-5
/(下)978-4-06-277295-2

『時計館の殺人』が、版を改め新装版として刊行されました。
 今回、その解説をお任せいただきました。

 日本ミステリのマイルストーンであると同時に、個人的にも非常に思い入れの深いミステリです。
 もし昔日の私に「お前はいずれ『時計館の殺人』の解説を書くのだぞ」と教えたら、震え上がって夜も眠れなくなるでしょう。
 思い出話ばかりではご退屈と、微力ながら内容の読解を載せていただきました。

 新本格黎明期にミステリを読み始めた同志たちと、そしてこれからミステリを読んでいく皆さまに、少しでも推薦の役が果たせればと思っています。
posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2011年04月01日

『パイド・パイパー』帯文


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著:ネヴィル・シュート
解説:北上次郎
装画:杉田比呂美
装幀:東京創元社装幀室
出版社:東京創元社

発売日:2002年2月22日
定価:本体700円
文庫判
ISBN:978-4-488-61602-1

 ひとしずくもたらされる善意。その尊さが、胸に迫る。

 以前、「ミステリーズ!」のエッセイ「私の一冊」で、『パイド・パイパー』について書きました。
 その中の一文をオビに使って頂くことになりました。
 エッセイから引かれた関係上、オビ文には前後があります。さすがに全部書くわけにはいきませんが、少しご紹介します。
 年老いた紳士が「子供は私の責任」と確信し、気負うでなく、おためごかしでもなく、ただ自らの責任を全うするために全ての困難に立ち向かっていく。その高潔さに、心を打たれる。
 誰もが自分のことで精一杯な状況下で、それでもひとしずくもたらされる善意。その尊さが、胸に迫る。
 この小説が書かれたのは一九四二年。イギリスとドイツはまだ戦っていた。けれど、ネビル・シュートの筆は、敵を描く時でさえ品位を失わない。
『パイド・パイパー』は気高い小説です。巡り合わせとはいえ、私などがお薦めする機会を得られたことを光栄に思っています。
posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2010年03月05日

『青春探偵団』(解説)

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著:山田風太郎
解説:米澤穂信
装画:黒田硫黄
装幀:INFOBAHN
出版社:ポプラ社

発売日:2010年3月5日
定価:620円
文庫判
ISBN:978-4-591-11678-4

 山田風太郎『青春探偵団』がポプラ文庫ピュアフルから復刊されました。
 今回、その解説をお任せいただきました。

 好きな大作家の作品ですから、ともすれば気圧されそうになるところを深呼吸して解説を付けました。
 本書に至るまでの「天国荘」の系譜(山田風太郎が入っていたのは「青雲寮」ではなかった!)から始まり、各篇のミステリ的な読みどころを紹介する形になっています。

 それにしてもこの装幀には驚きました。
 山風と黒田硫黄を合わせるとは、ちょっと思いつかなかったです。
posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

『黄金三角』(解説)

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著:モーリス・ルブラン
訳:南洋一郎
挿画:奈良葉二
解説:米澤穂信
装画:牧 秀人
装幀:モリサキデザイン
出版社:ポプラ社

発売日:2010年3月5日
定価:609円
文庫判
ISBN:978-4-591-11674-6

 モーリス・ルブラン『黄金三角』がポプラ文庫で復刊されました。
 今回、その解説をお任せいただきました。

 ルブランの復刊というより、南洋一郎訳の復刊という意味合いが濃いように思います。
 ですが解説はその辺りの事情には触れず、第一次世界大戦という特別な事情の中で書かれた本書について、私なりの視点と考えを記しました。

 この冒険譚が多くの子供に届く一助になればと思っています。
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2009年07月10日

『夏の口紅』(解説)


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著:樋口有介
解説:米澤穂信
装画:中島梨絵
装幀:野中深雪
出版社:文藝春秋

発売日:2009年7月10日
定価:税込580円
文庫判
ISBN:978-4-16-753108-9

 樋口有介『夏の口紅』が文春文庫で復刊されました。
 今回、その解説をお任せいただきました。

 なにしろ文体が特徴的な小説(というか、作家)です。
 その魅力をどうお伝えしたものか迷いましたが、好きだというだけで解説を書ききる芸はないので、ちょっとばかり本作の占める位置や意味、一読者としての私が受け止めた「樋口有介的な手法」についても書きました。

 穿ちすぎではない、と信じたいです。
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2009年06月24日

『七人のおば』(帯文)


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著:パット・マガー
解説:北村薫
装画:朝倉めぐみ
装幀:矢島高光
出版社:東京創元社

発売日:1986年8月22日
定価:本体800円
文庫版
ISBN:4-488-16404-8

 結婚? 考えてません。『七人のおば』を読んだら怖くって ―― 米澤穂信

 創元推理文庫50周年記念企画として、特装帯を使ったフェアが行われています。
 今回、『七人のおば』の帯を書かせていただきました。
 ちょっとユーモラスな帯になりました。店頭で見かけたらくすりと笑って、そして手にとっていただけると嬉しいです。
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2007年08月06日

『敗北への凱旋』(解説)


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著:連城三紀彦
解説:米澤穂信
装画:上村一夫
出版社:講談社

発売日:2007年8月6日
定価:税込840円(本体800円)
新書版
ISBN:978-4-06-182546-8

 講談社ノベルス25周年記念企画として、現在手に入りにくい作品を「綾辻・有栖川セレクション」として復刊する試みが進んでいます。
 第一弾として、連城三紀彦『敗北への凱旋』が復刊となりました。
 光栄なことに、その解説をお任せいただきました。

 物語に触れて語るには、あまりに大きな小説です。「暗号ミステリ」としての『敗北への凱旋』、という視点に絞るべきだと判断しました。
 本篇より先に読まれることも想定していますが、出来れば読後に読んでいただいた方が、強調部分の意味がわかっていただけるのではと思います。

 このような、あまりに幸福な仕事に対し、思い入れが過ぎていないか祈るような気持ちです。
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