2022年08月03日

『沈黙のセールスマン』帯文


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 自らの性分に振りまわされ、打ちのめされ、自らがぼろぼろであることを理解しながらも、他人の問題を解決する仕事を天職とし、すべてをそれに捧げて生きる男。
 私はアルバート・サムスンが好きです。
(ミステリマガジン2022年9月号より)


著:マイクル.Z.リューイン
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫)


 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
『沈黙のサラリーマン』は、アルバート・サムスンシリーズの最高傑作であると同時に、私にとっては大いなる謎です。捜査と推理の小説として圧倒的な面白さを備えながら、その面白さを、うまく言葉で説明できずにいるのです。
 シリーズの中では、『消えた女』が本作と並ぶ傑作です。アルバート・サムスンシリーズが広く手に取られる一助になればと思います。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2022年06月25日

「三つの秘密、あるいは星ヶ谷杯準備滞ってるんだけど何かあったの会議」


掲載誌:「小説野性時代」(KADOKAWA)vol.224


「じゃあ、会議を始めます。題して――星ヶ谷杯準備滞ってるんだけど何かあったの会議。よろしくお願いします」



 神山高校伝統のマラソン大会、星ヶ谷杯。その開催が間近に迫る中、運営を司る総務委員会は問題を抱えていた。準備が一向に進まないのだ。
 問題に対応するため、用意を担当する「ルート誘導班」「用具調達班」「救護・計時班」の班長が集められ、会議が開かれる。司会を担当するのは総務委員会副委員長、福部里志。そして、かの美しいテンプレート、責任のなすりつけ合いが始まった。
 会議ミステリです。責任の所在を明らかにするか、それとも、問題解決を第一に掲げるか。匙加減はすべて、福部里志に任されています。

タグ:〈古典部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2022年04月05日

ご挨拶を申し上げました


 過日、芥川賞・直木賞の贈呈式が行われました。その際のスピーチの一部は報道でも伝えられましたが、そのほかの部分について、こちらでざっくり要約します。



 読者の皆様、選考委員の諸先生、関係者の皆さまにお礼申し上げます。とりわけ、私にはこの小説が書けると私よりも強く信じて下さった担当編集者さん、すべてを支えてくれた妻に、別して感謝を捧げます。
 拙作が遠くまで飛んで行ってしまい、私自身は仕事部屋の窓から、自分の小説が飛んでいくのを見送っているような気分です。

 私は『黒牢城』をミステリとして書き、ミステリとして万全を期すため、十六世紀日本の文化や慣習、人の心を精緻に描こうとしました。一休禅師のものと伝えられる「分け上る麓の道は多けれど同じ雲井の月を眺むる」という道歌に似て――どうも本人の作ではないようですが――、ミステリという登山口から上り始めても小説の普遍性という大きなものに触れることは出来るのだと、肯定されたように感じています。

 よきミステリであろうとした『黒牢城』は、その必然的な結果として、組織や軍事、統治についての小説としても書かれることになりました。ただ私は書いてゆく中で、もう一つ、当時の人々が何を恐れ何にすがったのか、すなわち信仰についてどうしても描かなければならないと感じつつ、それをためらいました。読者がそれを喜ぶだろうかと思ったからです。
 しかし私は、『折れた竜骨』が山周賞の候補になった時の選評を憶えてもいました。

 そこでは、浅田次郎先生と篠田節子先生が異口同音に、この小説は思想や精神を書くべきだったと指摘されていました。北村薫先生が、この小説は本格ミステリであることが思想なのだと仰って下さったことを嬉しく思い、私自身、『折れた竜骨』はあれで完成なのだと考えています。しかし一方で、もしいつの日か再び中世人を扱うことがあるならば、当時の人々の心の柱を書くことを恐れるまいと誓ったことを、思い出したのです。
 おそれを捨て、誓いを果たせたことを、嬉しく思います。



 ありがとうございました。

posted by 米澤穂信 at 00:00| お知らせ

2022年02月22日

「供米」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2022年3・4月合併号


 思えばあの日、私は自らの詩才に見切りをつけたのだという気がする。春雪の言い分はまったく是と出来ないものであったが、それを肯定できないのが私の限界だと悟ったのだ。塩と味噌で酒を飲みながら、私は、私には理解できない小此木春雪よ、君はどこまでも飛んでいくがいいと思っていた。僕は地上にあってそれを見上げよう。
 あれから、世は明治から大正に移った。春雪はもう飛ばない。


 大正。詩人小此木春雪が持病の喘息で世を去ってから一年、遺稿集が刊行された。しかしそこに載った詩は、春雪らしくもない緩みのあるものばかりで、これでは春雪の遺名は下がるばかりに思われた。
 春雪の友人で、その葬儀では挽歌も作した「私」は、遺稿集を出すと決めたのは春雪の細君だという話を聞き、その真意を確かめるべく汽車に乗る。向かうは春雪の故郷にして最期の地、濃州中津川。車中、彼は自分と春雪との友情を思い出してゆく。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2022年01月07日

『赤い蝋人形』帯文


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地獄だ
人間地獄がここにある
推理に何が救えよう


著:山田風太郎
出版社:河出書房新社(河出文庫)

 上記新編の帯文をお任せいただきました。
 山田風太郎の現代短篇の中で、私がこよなく愛する二編、聖俗が混淆して人間性の極致を描き出す「新かぐや姫」、惨劇の合間からそれにも増してかなしい創作の業が見える「赤い蝋人形」が収録されています。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2021年12月09日

「羅馬ジェラートの謎」


掲載誌:「紙魚の手帖」(東京創元社)vol.2


 三月のショッピングモールで小佐内さんが謎の存在に気づいたのは、暖房が効いた店内でチョコスプレーがジェラートに沈んだ、その深さからだった。


 このところ借りを作り過ぎた小鳩が、小佐内に埋め合わせを提案する。小佐内は、郊外のショッピングモールに出店した噂のジェラテリア〈アバーネッティーズ〉の、ジェラートを要求した。
 テストが終わった三月のある日、二人はそれぞれショッピングモールを目指す。合流したジェラテリアで小佐内は、自らのジェラートにチョコスプレーが沈む深さを見て、何かを悟った……。

 北原尚彦先生の解説付きでございます。

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年12月01日

「片恋」


掲載誌:「週刊新潮」(新潮社)2021年12月2日号〜12月23日号


 高校生の時、わたしの恋人がわたしと姉を見比べて、「どうして?」と言い放ったことがある。まったく、どうして、である。その頃のわたしには、姉とわたしが姉妹であるという事実こそが世界の理不尽さそのものだった。それはそれとしてわたしはそいつを殴って交際を終わらせた。


 小さな町工場に生まれた姉妹。姉は美しく、妹は、いずれ自分も姉のように美しくなるのだと思っていた。時は流れ、生きることを喜んでいない姉と、たくましく人生を切り開く妹の道は、思いがけないところで交差する。
 そして妹は、姉「で」人を殺すことになる。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

『本陣殺人事件』帯文


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日本ミステリに夜明けを告げた
若き情熱の結晶である


著:横溝正史
出版社:KADOKAWA(角川文庫)

 上記の帯文をお任せいただきました。
 まさか自分が『本陣』の帯文を書く日が来ようとは、思いもしないことでした。そして読み返して思う、「新本格」との共通項! こんなに若々しい小説だったとは、かつては気づくことが出来ませんでした。
 日本ミステリに燦然と輝くマイルストーンの、艶消しになっていないことを願っています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2021年11月10日

『米澤屋書店』


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(よねざわやしょてん)


著:米澤穂信
装幀:大久保明子
出版社:文藝春秋

発売日:2021年11月10日
定価:1,700円(税別)
四六判上製
ISBN:978-4-391452-7



 読書という大海の前ではとんだ蛙ではありますが、蛙も時には真の宝に巡り会うことはあったのだと思し召し頂ければ幸いです。



 26冊目です。

 これまで25冊の本を書くかたわら、折に触れて書いてきた読書に関するエッセイが、どうしたわけか一冊にまとまって本になりました。
 しょせんミステリや小説について当を得たことは言えそうもない私ですから、出来ることは、ただ楽しそうに読むさまをお見せすることばかりです。
 せっかくの機会ですからおすすめのミステリを上げようとしたところ、原稿用紙120枚のおまけとなりました。
 ついでに、ところどころに註釈を加えて幅広い世界へのいざないにしようとたくらんだところ、こちらは180枚相当となりました。

 お楽しみ頂ければいいのですが。そして……。
 どこかの誰かが生涯の一冊に巡り会う、その小さなお手伝いになれば、本望です。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 既刊情報

2021年10月07日

『ウサギ料理は殺しの味』帯文


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 唯一無二。
 奔放なる奇想が
 生み出してしまった、
 ミステリ史に残る大怪作です。


著:ピエール・シニアック
出版社:東京創元社(創元推理文庫)

 上記復刊の帯文をお任せいただきました。
 本書を初めて読んだときの「なんだこれ」「なんだこれ!」「なんだこれ……」という思いは、忘れられません。その印象を何とか言葉にしようと試みました。ですがいっそのこと、「なんだこれ」でもよかったかもしれません(よくないか……)。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2021年08月18日

『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』帯文


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透徹した叡智が、
その果てにおいて幻想と交わる――。
なんと厳粛な小説集だろう。


著:石黒達昌
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫)

 上記新編の帯文をお任せいただきました。
 科学者の目と作家の手が、かくも冷徹な小説を生み出しました。私はかねがね、本書収録の「平成3年5月2日、後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士、並びに、」は、もしかしたら誤解されているのではと感じています。明寺伸彦博士の死因はたしかに後天性免疫不全症候群だったかもしれませんが、それをもたらしたものは何であったか。私はそこにミステリを見ます。
 本書が広く手に取られる一助になればと思います。


posted by 米澤穂信 at 00:00| お知らせ

2021年06月27日

「可燃物」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)2021年7月号


 いずれにしても、火つけは火あぶりですよ。これまでは小火で済みましたが、次もそうとは限らない。


 地方都市で連続放火事件が発生。県警捜査一課から葛班が派遣されるが、捜査開始直後から放火はぴたりと止んでしまう。捜査員が犯人に気取られたのか、それとも……。葛は消防の火災調査係と連携し、この街で過去に起きた惨事を知る。
 聞き込みと張り込みと手口記録を武器に、一歩ずつ犯人に迫っていくホワイダニット。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2021年06月02日

『黒牢城』


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(こくろうじょう)


著:米澤穂信
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
出版社:KADOKAWA

発売日:2021年6月2日
定価:1,600円(税別)
四六判上製
ISBN:9784041113936



罪は我にある



 25冊目です。

 天正六年、冬――。
 織田家から摂津一国を任されていた荒木村重が、突如、叛旗を翻す。村重を説得するべくその居城・有岡城を訪れた黒田官兵衛はその智謀を危ぶまれ、囚われて地下牢に入れられる。
 数万の織田勢に囲まれた有岡城という密室に閉じ込められ、人の心はいつまでも平静ではいられない。一人の死が、一つの首が、一口の壷が、城内の将兵、そして民の心を動揺させる。村重は人心を収攬するため、智略を尽くして難題に立ち向かう。
 だがそれでも解き得ぬ謎が残った時、村重は、この有岡城にあってただひとり村重を上まわる知恵者、播磨にその人ありとうたわれた知将、もう二度と会うこともないと思っていた黒田官兵衛に答えを求めるため、ひとり地下牢へと降りていく。

 地上には戦雲がたなびき、地下では、二人の武士が心底を読み合う。
 修羅の世の果てに、救いはあるか。


第12回山田風太郎賞受賞作
第166回直木三十五賞受賞作
第22回本格ミステリ大賞受賞作
posted by 米澤穂信 at 00:00| 既刊情報

2021年02月18日

灰色の靴下


 灰色の靴下に穴が開いたので捨てた。
 この靴下は病院で買ったのだ。

 何年前だったか、ひどい頭痛で、寝れば治ると思って寝たところ、悪化の一途をたどって嘔吐した。#7119に相談し、そのまま救急に繋いでいただいた。
 ストレッチャーで運ばれていくとき、必ず戻ってくるがその時にこれがないと困ると思い、救急車に靴を持ち込んだ。

 嘘のようだった。点滴から薬が入っていくたび、破滅的な痛みが消えていく。「薄紙を剥ぐように」という慣用句はこういうことであったかと思った(「薄紙を剥ぐよう」にしては、あまりに急激な回復であったが……。猫がいたずらで薄紙をべりべりと際限なく剥がしていくよう?)。

 治療を終えて、帰れることになった。こんなこともあろうかと持ち込んでいた靴を履こうとして、素足であることに気がついた。
 仕方がないので、病院の売店で、灰色の靴下を買った。

 時が経って、その時に買った靴下が破れた。
 穴の開いた靴下を捨てて、ひとは死ぬので無理はよくない、と改めて自分に言い聞かせる。

 無理のしどころというのはあって、無理しないとどうにもならないこともある。それはそうなのだ。
 でも、次は救急要請が間に合うとは限らないし、点滴で済むとは限らないし、もういちど靴を履いて、灰色の靴下を買って、たいしたことなかったねと笑いながら家に帰れるとも限らない。

 ひとは死ぬので、無理はよくない。

posted by 米澤穂信 at 18:13| 近況報告

2021年01月22日

「ねむけ」


掲載誌:「オール讀物」(文藝春秋)
発売日:2021年1月22日


 人間の観察力と記憶力はあいまいなものだ。時に誤り、時に正確になる。葛は、二人の目撃者の証言が一致したとしても疑問には思わなかっただろう。三人の言うことが同じだったら、少し疑う。そして四人がまったく同じ証言をしたとなれば、それを頭から信じることなど出来はしない。



「オール讀物」に寄稿した短編です。

 強盗傷害事件が発生し、特別捜査本部が設置された。被疑者は数人、中でも特に容疑が濃厚な男がいる。刑事にマークされていた彼は、深夜三時、交通事故を起こした。
 現場の交差点には信号機があった。もし被疑者が信号を無視したのであれば、公明正大に逮捕できる。葛警部は事故の目撃者を探すよう、指揮下の刑事たちに名じる。そして、目撃情報は集まった……いともたやすく、充分な数が。

 ハードワークゆえの睡魔に襲われながら、しかし葛はひっかかりを覚える。深夜三時の事故に四人の目撃者がいて、その証言が大枠で一致することがあり得るだろうか。
 深夜三時、強盗被疑者は何をしていたのか。証言者たちは何を見て、何を見なかったのか。彼らに繋がりはあるのか?
 葛は、逮捕しないための裏付け捜査を命じ、自らは推理に没頭する。

 ミッシングリンク!
 せっかくですから、葛警部に先んじて「共通項」の正体を当てられるか、試していただければ幸いです。

タグ:〈葛警部〉
posted by 米澤穂信 at 20:57| 雑誌等掲載短篇

2020年12月31日

今年の総括です


 こんにちは。米澤です。
 今年は、

1月 『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)刊行 「花影手柄」中篇
2月 『消えた脳病変』(浅ノ宮遼 創元推理文庫)解説 「花影手柄」後篇
3月
4月 日経新聞「半歩遅れの読書術」全四回
5月 「遠雷念仏」前篇
6月 「崖の下」 「ありがとう、コーヒーをどうぞ」 「里芋病」 「友情」 「遠雷念仏」中篇
7月 「遠雷念仏」後篇
8月 「バラ法」
9月 「落日孤影」前篇
10月 「落日孤影」後篇 ワテラスコモン・オンライン読書会
11月 ワセダミステリ・クラブオンライン講演会
12月 「桑港クッキーの謎」

 といった感じでした。
 世情が騒がしい中、小説の仕事に打ち込んだ一年でした。

 史上、さまざまな疫病が流行し、終息していきました。
 今回のそれが一日でも短くあることを願います。

posted by 米澤穂信 at 21:16| 近況報告

2020年12月11日

「桑港クッキーの謎」


掲載誌:「ミステリーズ!」(東京創元社)
発売日:2020年12月21日


わたし、誰にでも公平でありたいと思ったことは、一度もない。



 船戸高校出身の芸術家縞大我が、サンフランシスコ美術展で特別賞を受賞。全国紙でも報道され、テレビでも取り上げられる騒ぎとなり、市はにわかに活気づく。そんな中、小鳩常悟朗は新聞部の堂島健吾から頼みごとをされる。いわく、
「小佐内を紹介してくれないか?」

 新聞部員の健吾は、縞大我の学生時代の活動を調べるうち、縞が残した絵を見つけたのだ。だがそれはロシアの画家の絵にそっくりだった。練習のために模写したのかと思われたが、どうやらこの絵は県展に出展されていたらしい。
 この絵は剽窃なのか? 健吾は卒業生の成功を祝うつもりで、彼の旧悪を暴いてしまったのか?
 剽窃ではないと言える理由が、何かひとつでも見つからないか。健吾は藁にも縋る気持ちで、かつて絵にまつわる謎を解いた(ことになっている)小佐内を頼ろうとしている。

 相談を受けた小佐内は言う。
「いやです」
 まあ、そうだよね、と小鳩は思う。小市民たらんとする小佐内ゆきが、どうして鑑定士のまねごとをしなければならないのか。だけどそこはそれ、人情というものがあるじゃないか!
 ふたりは紆余曲折の末、絵の正体に迫っていく。
 謎のカギを握るのは――サンフランシスコ生まれのにくいやつ、フォーチュンクッキー。


 調査と捜査の面白さを描ければと思った短編です。
 お楽しみいただければ幸いです。

タグ:〈小市民〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年10月06日

「落日孤影」


掲載誌:「カドブン」
発売日:2020年10月6日


「菩提を弔っておりました」
「何者の菩提を」
「此度の戦で果てた者どもの」
「何十何百とおろう」
「はい」



 荒木摂津守村重がいのちを賭けた謀叛は、十二月以降ろくに鑓も交えないまま、静かに終わろうとしていた。有岡城の戦いの敗北は軍事力の敗北であった以上に、政治力の敗退であった。そして城内では、少しずつ、「村重以後」に備える動きが始まる。
 村重は、人心の離反を扇動する「誰か」を一太刀に切り捨てればすべては元通りにうまくいくと信じている。村重の政治的ショーを妨げた一発の銃弾、それがどこから放たれたかさえつきとめれば、何もかも元通りになるのだと……。
 夏が終わる。
 荒木村重と黒田官兵衛の籠城が、終わろうとしていた。

 四章にわたって書いてきた有岡城の物語、その秋の章をお送りします。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年08月07日

「バラ法」


掲載誌:「群像」(講談社)
発売日:2020年8月7日


「豚バラの角煮じゃん」
「じゃん、と来たか……」
「豚バラは禁止じゃなかったっけ」
 在宅勤務に従い通勤の負荷が軽減され、「夫に貫禄がつき、人が丸くなってきたことに対する緊急の措置として」豚肉はバラを禁ずると妻が宣言したのは、わずか三日前のことであった。



 豚バラの角煮を食べるだけの話です。
 本当にそれだけです。


「day to day」に寄稿した「ありがとう、コーヒーをどうぞ」、「小説現代」に寄稿した「里芋病」とたぶん同じ日の、別のふたりのお話です。
 実はこの三篇、同時に書いたのです。おそれに満ちた世相の中で、自宅で読めるものを……という「day to day」の趣旨に賛同し、かなしくない、平凡なものを書いています。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2020年07月18日

無題


 一年が経ち、このごろは落ち着きを取り戻してきました。

 かれらの生と業績が忘れ去られることがないよう記録を続けている方々には敬意と感謝をささげますが、私はかれらについての記事を読んだり映像を見たりすることは出来ないままで、これはたぶんこの先もそうなのでしょう。ただかれらが作り上げたものを愛している人がいると知るたび、わずかに慰めをおぼえるだけです。

 去った人たちに対して自分ができることはあまりにも少ない、もしかしたら何も無いという事実に、ずっと向き合っています。

posted by 米澤穂信 at 10:45| 近況報告