2013年10月22日

「黒い網」


「オール讀物」2013年11月号(文藝春秋)収録
発売日:2013年10月22日 雑誌定価:1,000円



 正直、偶然だとは思えない。河崎さんは上谷さんの恨みを買っていたし、滝山さんにも迷惑をかけていた。




 雑誌「オール讀物」に寄稿した短篇です。

 過疎により一度は無人となった蓑石地区だったが、市長ご執心の「よみがえれ! みのいし」プロジェクトによって居住者を全国から募り、集落としての実態を回復した。
 しかし選考を経たにもかかわらず、理想的な居住者ばかりとはいかなかった。たとえば河崎由美子は、近隣住人・市役所職員の別なく、気に入らないことがあれば猛然と食ってかかるのだった。

 ある日、蓑石で「秋祭り」が計画される。
 市役所職員である垂水は、部下の観山と共に秋祭りに参加した。表向きはゲストとして、その実、労働力として。
 野外パーティーの様相を呈する「秋祭り」で、垂水は曲がりなりにも活気づく蓑石居住者たちを眺め、ふと感慨にふけった。
 しかし、そこで非常事態が起こる。河崎由美子が突然倒れたのだ。

 救急車で運ばれ、河崎由美子は命に別状なく回復へと向かう。どうやら原因は毒キノコらしい。
 報告書を書きながら、垂水はふと思う。……河崎由美子は、本当に偶然、毒キノコを手にしたのか?
 それとも、大皿料理ばかりで誰もが自由に飲食物を手に取っていた「秋祭り」会場で、河崎由美子にだけ毒キノコを手に取らせる方法が、もしかすると何かあったのだろうか……? 


 割と屈託なくミステリを書いています。
軽い雨」とはシリーズになっていますが、本作からお読みいただいても支障はありません。

タグ:〈甦り課〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2013年10月13日

特集です

 とある街を後にしようと特急電車に乗り込み、旅情の名残りをおぼえつつ出発を待っていたのですが、ふと喉が乾いていることに気づいたので、財布を手にお茶を買いに電車を出ました。
 ジャスミンティーを手に振り返ると、特急電車はゆっくりと動き出すところでした。
 さよなら特急。ホームの端で、電車が見えなくなるまで私は手を振りました。

 こんにちは。米澤です。
 荷物がなかったのが不幸中の幸いでした。


 現在発売中の野性時代第120号(2013年11月号)で、第56号(2008年7月号)以来となる米澤穂信特集を組んで頂きました。

 村上貴史さんによる評論。
 ささやかな趣味である洋館巡りを記事にして頂いた、鎌倉洋館探訪記。
 どのタイミングでどんな本を読んできたかをリストアップした、マイルストーン。

 そして、対談「綾辻行人×米澤穂信」!
 おそろしいことになったものだ、と緊張しました。ですが一方、とても面白い時間になりました。

 多くの知人からご質問をお寄せ頂いた、Q&Aコーナーも掲載されています。
 Q&Aにご登場頂いたのは、

 道尾秀介
 辻村深月
 谷川流
 賀東招二
 佐藤聡美
 タスクオーナ

 の各氏。つくづく、ありがたいことです。

〈古典部〉シリーズの短篇「長い休日」も掲載されています。
 お手にとって頂ければ、幸いです。
posted by 米澤穂信 at 01:47| お知らせ

2013年10月12日

「長い休日」


「野性時代」2013年11月号(角川書店)収録
発売日:2013年10月12日 雑誌定価:800円



 あんたはこれから、長い休日に入るのね。そうするといい。休みなさい。




 雑誌「野性時代」に寄稿した短篇です。

 ある朝、折木奉太郎は自分の身に起こった異常に気づく。
 心身共に調子が良く、気力があり余っている。朝食を作り掃除をして洗濯を済ませ、それでも飽き足らなかった折木は、街へと散歩に出かける。
 取りあえずの目当ては近所の神社。気の向くままだったはずの散歩先で、しかし折木は意外にも、千反田えると会うことになる。

 朝からどこか奇妙だった休日。その中で折木は、千反田から一つの問いを投げかけられる。
 折木奉太郎の信条――やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。
 これまで千反田を何度か助けてきた折木が、なぜその信条を掲げているのか、千反田はずっと不思議に思っていた。

 問いかけに応じて、折木は話し始める。
 小学六年生の頃、ある「係」だったこと。その「係」で起きたある小さな出来事を、彼はゆっくりと話し始めた。

タグ:〈古典部〉
posted by 米澤穂信 at 22:36| 雑誌等掲載短篇

2013年10月11日

第10回ミステリーズ!新人賞

 こんにちは。米澤です。

 現在発売されている「ミステリーズ!」(vol.61 OCTOBER 2013)に、櫻田智也氏の手になる第10回ミステリーズ!新人賞受賞作、「サーチライトと誘蛾灯」が掲載されています。

 選考委員の一人として、この賞の選考に参加いたしました。本誌には選評も掲載されています。
 軽妙なやり取りの読み味の良さもさることながら、ふっと盲点を突いてくる何とも展開が面白いミステリでした。そうしたことを書いています。

 また、受賞作も、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by 米澤穂信 at 00:00| お知らせ

2013年07月17日

「ロックオンロッカー」


「小説すばる」2013年8月号(集英社)収録
発売日:2013年7月17日 雑誌定価:880円



 頼まれたわけでもないのに、街のヒーローを気取ることもないだろう。




 雑誌「小説すばる」に寄稿した短篇です。

 松倉詩門が行きつけにしていた床屋が、つぶれてしまった。散髪の場所に困っている松倉を、堀川二郎が誘う。――「ご友人の紹介でご本人様・ご友人様どちらもカット料金四割引」のチケットがあったから。

 そうしてある休日、二人は連れだって美容院に向かった。男子二人が肩を並べて散髪に行く現状を、自分たちで笑いの種にしながら。
 彼らは歓迎された。わざわざ店長が出てきて、二人を接客したほどに。店長は二人に小さなビニール袋を手渡した。
「お荷物はロッカーにお預け下さい」
 そして、噛んで含めるように、こう付け加えた。
「貴重品は、必ず、お手元にお持ち下さいね」

 確かに貴重品は手元に持つべきだ……しかし、「必ず」と強調されたことに、二人は小さな違和感を覚える。
 髪を切られながら、二人は「必ず」の意味を問いかけ合う。
 それはただの退屈しのぎ。美容師との会話を苦手とする松倉を助けるための、単なる場つなぎのはずだった。

 しかし、ささやかなこの議論は、いつしか不穏な方向へと進み始めていく。

posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2013年07月12日

『折れた竜骨』


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THE BROKEN KEEL

(四六判)
著:米澤穂信
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。
出版社:東京創元社

発売日:2010年11月27日
定価:本体1,800円(税別)
四六判仮フランス装
ISBN:978-4-488-01765-1

(文庫判)
著:米澤穂信
装画:影山徹
装幀:岩郷重力+k.k
解説:森谷明子
出版社:東京創元社

発売日:2013年7月12日
定価(上巻):620円+税
定価(下巻):620円+税
ISBN(上巻):978-4488451073
ISBN(下巻):978-4488451080


 16冊目です。

 12世紀末。北海に浮かぶソロン島を、奇妙な客が訪れます。彼は自らをトリポリから来た騎士ファルク・フィッツジョンと名乗り、敵を追っているのだと言います。敵とは、東方でイスラム暗殺者の術を身につけた〈暗殺騎士〉。ファルクの警告も虚しく、ソロン島には奇妙な死がもたらされます。――自然の要害に守られていたはずの領主が刺殺されたのです。
 領主の娘アミーナは、ファルクとその弟子ニコラに協力し、共に事件の真相を追うことになります。容疑者は、いずれも一筋縄ではいかぬ傭兵たち。そしてソロン島にはもう一つ、大きな脅威が迫りつつありました……。
 以下はその章立てです。



序章 老兵の死
 1 魂の危機を

第一章 東より
 2 聞けばイェルサレムから来たらしい
 3 オート麦のビスケット
 4 伝説の悪鬼たち
 5 聖アンブロジウス病院兄弟団
 6 暗い森の中
 7 神の家を焼く

第二章 騎士と傭兵
 8 英雄は死んだ
 9 この中の誰かが
10 詩篇を歌う
11 自殺者と異教徒
12 八角形の見張り塔
13 奇妙な燭台
14 歪んだ家
15 黒い綾織布
16 歌を聴かせるべき人
17 ゴリアテに挑むダビデ
18 前夜式

第三章 追悼
19 宵課の鐘はまだ鳴らない
20 背誓者の子
21 冬の七晩

第四章 嵐の鐘
22 噂は噂
23 右手にはナイフ
24 滑らかな象牙
25 何千日分のひっかき傷
26 大きすぎる扉
27 死者たちの船
28 足せば三十八人
29 落とした銀貨
30 斧の軌道
31 一すじの血
32 果たして素手で
33 理性と理論

第五章 儀式
34 誰が〈走狗〉であったのか
35 残るのはただ一人
36 父の腕の中

終章 彼方へ
37 折れた竜骨



 特殊設定を用いたミステリです。
 推理をお楽しみ頂ければと思います。そして、理性と理論は魔術をも打ち破ることを証明して下さい。


第64回日本推理作家協会賞受賞作
posted by 米澤穂信 at 00:00| 既刊情報

2013年06月06日

『十蘭ラスト傑作選』帯文


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著:久生十蘭
解説:阿部日奈子
装画:北川健次
装幀:山元伸子
出版社:河出書房新社

発売日:2013年6月6日
定価:本体760円
文庫版
ISBN:978-4-309-41226-9

 透徹した知、乾いた浪漫、そして時には抑えきれぬ筆。十蘭が好きだ。

 河出文庫が刊行していた久生十蘭短編集シリーズが、七巻でひとまず最終巻となります。
 そのオビ文を書かせていただきました。

 以下に収録作を挙げます。

風流旅情記

雪原敗走記
フランス伯N・B
幻の軍艦未だ応答なし
カイゼルの白書
青髯二百八十三人の妻
信乃と浜路

 海の十蘭に外れなし、南方の海を行く「風流旅情記」、畝傍消失とドッガーバンク事件を並べ冒険小説の旨味も味わえる「幻の軍艦未だ応答なし」。推定処女作「蠶」。ノンフィクション的な筆致がロシアの大地に及んで秘境小説かと思うような「雪原敗走記」など、短編集七冊目に至っても落ち穂拾い的な肩すかし感が皆無の一冊です。なんといっても、ドイツ皇帝(退位済み)の日々を描いた「カイゼルの白書」が本当に面白い。十蘭にはユーモア短篇も多々ありますが、これが一番好きです。

 私などが「小説の魔術師」を推薦するなど、と尻込みもしましたが、せめて新しい読者に届く一助になればと思います。
posted by 米澤穂信 at 00:00| 解説・推薦・編纂

2013年05月12日

「関守」


「小説新潮」2013年5月号(新潮社)収録
発売日:2013年4月22日



 はい。雨の日も風の日も来ておりますから、もちろん知っていますよ。




 雑誌「小説新潮」に寄稿した短篇です。

「都市伝説」で一本記事を書くことになったライターが、タネに困り果て、先輩の元を訪れる。面倒見の良い先輩は、ライターに伊豆半島で連続している事故について教える。これを亡霊の仕業にでもすれば、記事は一本出来上がると思われた。

 しかし先輩は、ふと思い出したように表情を曇らせる。
「いや、やっぱりそれはやめた方がいいかもしれない。そいつは、ホンモノだって気がするんだ」
 桂谷峠を通る者は、あるカーブを曲がりきれずに落ちて死ぬ……。
 先輩の不安を一笑に附し、ライターは取材へと出かけていく。小田原から三時間、夏の日のことだった。

 そうして訪れた桂谷峠の名も無きドライブインで、ライターは店をやっている老女に話を聞くことにする。
 老女はこっくりと頷き、事故のことなら知っていると告げた。
「雨の日も風の日も来ておりますから」
 と。


「小説新潮」2013年5月号には、マガジン・イン・マガジンとして「Story Seller 2013」が入っています。本作はその中に加えて頂きました。

タグ:『満願』
posted by 米澤穂信 at 08:52| 雑誌等掲載短篇

2013年04月14日

あどけない事件

 こんにちは。米澤です。

 歳月は人を待たないそうです。待ってよ。もう四月じゃないですか。


 文藝春秋から出ている雑誌「CREA」の五月号(4月6日発売)で、読書特集が組まれています。
 その一環として、読書紀行文を書かせていただきました。
 行き先は伊豆修善寺。読書特集のくせに向こうで読もうと思っていた本を電車の中に忘れるという、それ本当かというような始まり方をいたします。……い、いいんですよ、本命はちゃんと他にあったんですから! 行き先で意外な本と出会ったりもしたんですから!
 明晰な推理で、芥川龍之介がまだ明るいうちから風呂に入っていた事実を明らかにしていきます。
 ほかにもいろいろ。


 角川書店から出ている雑誌「野性時代」の五月号(4月12日発売)で、「日常の謎」に関する特集が組まています。
 その一環として、北村薫と対談いたしました。
 ……私の、「作家の名前を出すときは基本的にフルネーム敬称略」という書き方からして、北村薫にならったものなんですよね……。
『宮城ハクサイの謎』など、いろいろお話しさせていただきました。
 興味を持って下さり、これからお読みになるという方に、ひとつの短歌をご紹介します。
サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず(佐々木幸綱)
 さて、この「汝」、どういう人だとお思いになりますでしょうか?


 どうぞよろしくです。
posted by 米澤穂信 at 18:57| お知らせ

2013年01月28日

『リカーシブル』増刷決まりました

 こんにちは。米澤です。

 拙作『リカーシブル』の増刷が決まりました。
 この小説は連載中から思い悩むことが多く、ずいぶんと時間をかけてしまったものです。
 あまりに長く関わったため、刊行というゴールに至った実感さえほとんどありませんでしたが、こうして読者の皆さんのおかげでひとつの結果を残せたことで、ようやく達成感を味わえるようになりました。

 ありがとうございます。そして、引き続きよろしくお願いいたします。
posted by 米澤穂信 at 18:56| お知らせ

2013年01月14日

『リカーシブル』サイン会



申込受付満数終了です。
ありがとうございます。



 こんにちは。米澤です。

『リカーシブル』のサイン会を開いていただけることになりました。


■米澤穂信『リカーシブル』刊行記念サイン会

【日時】2013年2月3日(日) 開始:14:00〜

【場所】紀伊國屋書店新宿本店

【整理券配布場所】2階文学・文庫カウンター

【お問い合わせ】紀伊國屋書店新宿本店(TEL:03-3354-5702)

【参加方法】1月19日(土)朝10時より紀伊國屋書店新宿本店2階文学・文庫カウンターにて『リカーシブル』(新潮社)税込1,680円)をお買い上げの方先着100150名様に整理券を配布いたします。

 整理券の残がある場合に限り1月20日(日)より電話でのご予約も承ります。お1人様1枚とさせて頂きます。

【注意】
*恐れ入りますが、整理券の配布は新規にご購入頂いた方に限らせていただきます。
*整理券の配布はお一人様一枚とさせていただきます。
*当日は本にお客様の名前も入れさせていただきます(必須)

紀伊國屋書店新宿本店告知ページはこちら
http://www.kinokuniya.co.jp/store/Shinjuku-Main-Store/20130113100000.html


 とのことです。
 サイン会は何度か経験していますが、新刊の読者と直に対面すると思うと、やはり緊張しますね。堅くなって自分の名前を間違えないよう、練習しないといけません。

 では、当日新宿で、よろしくお願いいたします。
posted by 米澤穂信 at 04:45| イベント告知

2012年12月31日

今年の総括です

 こんにちは。米澤です。

 今年は連載に終始した一年でした。
 連載終了後に加筆修正に時間を使い、結果として年内に刊行に至らなかったことは残念ですが、いまは新刊の刊行を心静かに待っています。
 毎年少しずつ書きためてきた短篇も、ようやくまとまる見込みが出てきました。これももっとヤスリがけし、磨き上げてお届けしたいものです。

 また、今年は〈古典部〉シリーズのアニメーションやコミックなど、他メディアでの展開も見られた一年でした。
 と申しましてもこれは私の仕事というより、制作会社や漫画家さんのお仕事と言うべきでしょう。私も視聴者として、また読者として楽しんでいます。

 総じて振り返れば、またたく間に過ぎた一年でした。
 個々の仕事の濃度を上げつつ、よりよい仕事をしていく方法を、引き続き模索していきたいところです。

 今年もありがとうございました。来年もがんばります。
posted by 米澤穂信 at 22:08| お知らせ

2012年11月09日

注文マシマシの料理店です

「小説を書いていて、気分転換にはどんなことをしますか?」
「小咄を書いて遊びます」



 こんにちは。米沢穂積です。


 仕事が立て込んで、夕食を食べ損ねました。
 普段なら家に帰って適当にあるものをつまむのですが、ふと思いついて、最近オープンしたばかりの「こだわりのらーめん屋」に行くことにしました。道路沿いに赤提灯型の看板を出していて、前から気になってはいたんです。

 看板にひときわ大きく書かれていたので勘違いしたのですが、「こだわりのらーめん屋」はあくまでキャッチフレーズで、「ジュゲム」というのが店の名前のようでした。
 威勢のいい「いらっしゃっせー」に迎えられて入った店内は、黒を基調に古い木造建築を模していて、壁には何やら大きなパネルがかけられていました。パネルには極太の筆で(あるいはそう見えるフォントで)、いかにこの店の店長がラーメンに人生を賭けているか、またラーメンが人生を賭けるに足るものであるか、私の胸までも熱くするほどに情熱的な文章が書かれていました。

 座面の丸い回転椅子に腰を下ろすと、輝くような笑顔の男の子が水を持って来てくれました。
「らっしゃっせ! ご注文は後ほどにいたしますか?」
「いえ。ラーメンを下さい」
「ラーメン一丁、かしこまりました!」
 そして彼は、伝票を取り出し鉛筆を構えました。

「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
 なるほど、いま、そういうお店も多いようです。
「いえ、普通でお願いします」
「麺のゆで加減普通で、かしこまりました!」

「大盛サービスとなっておりますが、いかがなさいますか?」
 空腹ではありますが、大盛ラーメンを食べるような時刻でもありません。
「並でお願いします」
「量は並で、かしこまりました!」

「ネギは白ネギを使っておりますが、青ネギに変更できます」
 どういうラーメンなのかわかりませんが、まあ、青ネギの強い香りが合うか試すのは後日でもいいでしょう。
「いえ、普通の白ネギでお願いします」

「ネギも大盛に出来ますが」
 ちょっと悩みましたが、大盛と言っててんこもりになって出てきては困ります。
「普通でお願いします」
「ネギ普通で、かしこまりました!」

「海苔を岩海苔にも変更できますが、いかがなさいますか?」
 海苔を添えたラーメンも久しぶりという気がします。岩海苔も好きですが、今日はぱりっとした海苔の気分です。
「普通でお願いします」
「海苔普通で、かしこまりました!」

「海苔はラーメンにお乗せしてよろしいですか?」
 なるほど、確かに湿気るのを嫌って、別に添える手もあるわけです。それも面白そうですが、やはりそれではラーメンらしくない気がします。
「乗せてください」
「海苔乗せで、かしこまりました!」

「麺はふつうの縮れ麺の他に、中太麺、細麺もお選びいただけますが、いかがなさいますか?」
 そういうお店も、増えているようです。
「普通の縮れ麺でお願いします」
「縮れ麺で、かしこまりました!」

「縮れ麺は手もみと機械揉みがございますが、いかがなさいますか?」
 どう違うのでしょう。大した違いはなさそうですが、いちおう、
「手もみでお願いします」
「手もみ縮れ麺で、かしこまりました!」

「お好みで背脂を振りかけることもできますが、いかがなさいますか?」
 こってりが好きな方には嬉しいサービスかもしれませんが、いまはいらない気分です。
「いえ、いりません」
「背脂ぬきで、かしこまりました!」

「煮卵はおつけしますか?」
 ラーメン屋に入った時点である程度の覚悟はしていますが、なにしろ夜も遅いですから、ちょっとカロリーは控えたいところです。
「いえ、いりません」

「煮卵、ゆで卵とお選び頂けるんですが」
 つい誘われそうになりますが、ここは意志貫徹です。
「いえ、いりません」
「卵ぬきで、かしこまりました!」

「サービスライスが50円でお出しできますが、いかがなさいますか?」
 ラーメンライスという響きには郷愁を憶えますが、やはりそんなには食べられそうもありません。
「いえ、いりません」
「ライスなしで、かしこまりました!」

「150円でチャーハンセットにもできますが、いかがなさいますか?」
 ぱらりとした炒飯なら食べたい気もしますが、やはり今度にした方が良さそうです。
「いえ、いりません」
「チャーハンなしで、かしこまりました!」

「紅ショウガが乗りますが、よろしいでしょうか?」
 ああ、なんだか懐かしい感じですね。特に好きというわけではありませんが、取っていただくほど嫌いでもありません。
「はい」
「紅ショウガありで、かしこまりました!」

「かしこまりました! お客さま、もしTeaポイントカードをお持ちでしたら、ポイントをおつけしますが、お持ちでしょうか?」
 実は持っているのですが、財布から出すのも面倒です。常連になってからポイントを溜め始めても遅くはないでしょう。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました!」

「お客さま、もし当店のポイントカードをお持ちでしたら、先にご提示頂くと大盛五十円引きほか、お得なサービスをご用意してございますが、お持ちでしょうか?」
 昨今、ポイントカードがない店を選ぶのは大変です。そして残念なことに、財布にもカード入れにも物理的な容量というものがあります。
「いえ、持っていません」
「かしこまりました! すぐにお作りできますが、いかがなさいますか?」
「いえ、いりません」
「かしこまりました!」

「味の濃いめ薄いめ、お選び頂けますが、いかがなさいますか?」
 そういうお店も多いようです。今回は初めてですから、
「普通でお願いします」
「味は普通で、かしこまりました!」

「200円でビールがセットになりますが、いかがなさいますか?」
 車で来ています。
「いえ、いりません」
「ビールなし単品で、かしこまりました!」

「150円でソフトドリンクがセットになりますが、いかがなさいますか?」
 欲しくなれば、後からお願いしてもあまり高くならないようです。
「いえ、いりません」
「ソフトドリンクなし単品で、かしこまりました!」

「その他、唐揚げや餃子など、お得なセットもご用意していますが、いかがなさいますか?」
 食べきれる自信がありません。
「いえ、いりません」
「ラーメン単品で、かしこまりました!」

「当店、スープに甲殻類を使っておりますが、アレルギーなどございませんでしょうか」
 ラーメンですので小麦・卵は使っているでしょうが、甲殻類は確かに言われなければわかりませんでした。
「はい」
「スープノーマルで、かしこまりました!」

「チャーシューの脂身、多め少なめ、お選び頂けますが」
 背脂をお願いしなかったので、チャーシューはまあ普通でもいいかなと思いました。
「普通でお願いします」
「チャーシュー普通で、かしこまりました!」

「当店、製麺会社は成田屋さんにお願いしていますが、ご希望のお客さまには羽田屋さんの麺もお願いしています。いかがですか?」
 と言われましても、差がわかりません。
「成田屋さんのでお願いします」
「成田屋さんで、かしこまりました!」

「その他、何かご希望がおありでしたら、出来る限り承りますが」
 いまのところ、何も思いつきません。
「いえ、普通でお願いします」
「特別なご注文なしで、かしこまりました!」

「ただいまお作りいたしますが、三、四分お待ちいただきます。よろしいでしょうか?」
「はい」
「ありがとうございます!」
 彼は、手元の伝票に目を落とし、慎重に言います。
「ご注文繰り返します。ラーメン一丁ですね」
「はい」
「ありがとうございます!」
 そして彼は、私の注文を正確に厨房に伝えるべく、声を張り上げました。
「オーダー! ラーメン一丁!」

 さすがに「こだわりのらーめん屋」、親切で行き届いていることだなあ、と感心しきりだったのですが、ちょっとした続きがありました。
 ようやくラーメンにありついて、オーソドックスな醤油ラーメン、なかなか旨そうだと割り箸を割った私のところに、店主らしい強面の男性がやってきたのです。彼は私に向けて、いきなり頭を下げました。
「申し訳ありません! こだわりのラーメンをお作りするはずが、私の教育が行き届きませんで、とんでもない失態を!」
 いまにも土下座せんばかりの勢いです。ラーメンがのびるのを気にしながら、私は訊きました。
「どうしましたか?」
「お客さまのご注文はラーメン一丁でしたが、そのラーメンはラーメンではないのです」
「そうですか?」
 手元の丼からは、いかにも旨そうな香りが立ち上っています。
「これがラーメンでないなら、いったいなんですか」

 店主は悄然として答えます。
「それは、ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンです」
「ははあ」
 私は首を傾げました。
「しかし、ラーメンとナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンでは、何が違うのですか?」
「何がって!」
 途端に店主は、あきれと驚きをあからさまに顔に出し、目を瞠りました。
「お客さま、メニューにあるこの写真が、当店のラーメンです。ナミ ナミ シロナミ ナミノリ ノッタ チヂレ チヂレテ アブラヌク ギョクヌキ ハンヌキ ベニサス マヌケ カードモタナイ ツクリモシナイ カラクモシナイシ ウスクモシナイ タンピン タンピン メンタンピン ナミ ナミ ナリタヤ ヒトナミ ラーメンとはまるで、全然、根本的に違うじゃないですか」
「というと」
 怒りを押し殺した声で、店主は言います。
「見ればわかるでしょう。メンマが入ってない」
「ははあ」
 なるほど。マヌケ。
「いますぐ、ただちに、大至急でお好みのラーメンをお持ちします。ですがその前に、ご注文を確認いたします……」

「まず、麺のゆで加減にお好みはありますか?」
「いえ、普通でお願いします」



 そういえば、近所に中華料理屋のいいところを見つけてから、ラーメン屋ってあまり行っていません。
posted by 米澤穂信 at 03:38| 近況報告

2012年10月31日

掘り出し物です

 こんにちは。米澤です。

 先日、ちょっと仕事の手が空いたので、パソコンのデスクトップを掃除しました。
 あまりデスクトップにアイコンは置かない主義なのですが、仕事が立て込むと「小説本体」「小説のプロット」「小説のボツ文」などなど、何かと物が増えて困ります。

 さて、そんなデスクトップで、数々のアイコンに紛れていたテキストファイルを見つけました。
 ファイル名は「折木の本棚.txt」。〈古典部〉シリーズの主人公、折木奉太郎の部屋に並んでいる本をリストアップしたもので、以前メディアミックスの機会を頂いたとき作画の参考になればと作りました。

 何しろ折木奉太郎と私は読書の趣味が違いますので(彼はあまりミステリを読みません!)、ああでもないこうでもないと試行錯誤するのが楽しかった記憶があります。
 ところどころに変な本が入っていますが、それはたぶん、折木供恵が残していった本です。

 蛇足と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、せっかくの掘り出し物なので公開します。
 ご興味があれば、下のリンクから展開してください。

折木の本棚.txt
posted by 米澤穂信 at 23:17| 近況報告

2012年10月29日

一橋大学イベント

このイベントは終了しました



 こんにちは。米澤です。

 来たる11月4日、東京国立の一橋大学で行われる学園祭に、企画のゲストとして呼んでいただきました。
 主催は一橋祭運営委員会です。

 企画は、題して「日常の中のミステリ」。人が死なないミステリを呼び水として、ふだんあまり読まない方にもミステリに興味を持って頂こうという主旨のようです。
 テーマに沿って、日常の謎について少しお話しします。ですが、あまり専門的なことは荷が重いので、のんびりとしたお話になるのではと思っています。

 詳しくは、


 こちらでご確認ください。

 では、当日国立でお会いできることを楽しみにしています。
posted by 米澤穂信 at 00:49| イベント告知

2012年10月05日

禁止です

 こんにちは。米沢穂積です。
 休憩します。



 新宿駅の地下通路を歩きました。
 壁に禁止事項のプレートが掲げてあったので、立ち止まって読みました。

 ここでは
 寝ること、
 食べること、
 飲むこと、
 煙草を吸うこと
 唾を吐くこと、
 立ち止まることをしてはいけない


 甲高い笛の音が響いたかと思うと、私はたちまち警備員に囲まれました。
 彼らは(ここでは立ち止まってはいけないので)私のまわりをぐるぐると廻りながら、厳しく糾弾してきました。

「なぜ立ち止まったのだ。ここで立ち止まってはならんのだ」

「このプレートを読もうと思ったのです」

「そんなことのために立ち止まる者がいるはずはない。これまでただのひとりも、プレートを読むために立ち止まったりはしなかった。さあ、何が目的だ。なぜお前は立ち止まったのだ」

「してはならないことを知ろうと思ったのです」

「それは嘘だ。本当のことを言え。素直に言えば許してやる」

「文字を読みたかったのです」

「嘘を言うな。嘘ばかりだ。なぜ立ち止まったのか、正直に言うんだ」

「私は書店員なんです」

「本当に書店員なら仕方がないが、どうせお前の言うことは嘘だ。本当のことを言え。本当のことを言え」

 彼らは廻る足を片時も止めず、私を責め立てました。

 結局彼らを納得させることは出来ませんでしたが、二度と決して絶対に立ち止まらないと誓うことで、ようやく解放されました。
 私が本当に立ち止まらないか疑っているのか、彼らは距離を置いて私についてきました。もし立ち止まったら次はどうなるかわからないので、私は早足で歩き続けました。

 まだ、ついてきます。



 朝ごはんを食べに行ったんですよ。
posted by 米澤穂信 at 10:42| 近況報告

2012年08月25日

期間限定カバーです

 こんにちは。米澤です。

 現在発売中の〈古典部〉シリーズ(『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』)には、アニメーション化に伴い、アニメ版デザインのキャラクターを描いた特大帯がかけられています。


the_niece_of_time_obi.jpg
(特大帯を掛けた状態の『氷菓』)


 この特大帯はアニメ化の告知が目的なので、アニメの放映が終了した際は通常の帯に戻ります。
 もちろん、放映終了後即座に回収を始めてるわけではないと思います。
 ですが恒久的に続くわけでもありませんので、後日「あれが欲しかったのにもうなかった!」ということがありませんよう、念のためお知らせいたします。



 ちなみに、『ふたりの距離の概算』の装幀はリバーシブルカバーになっています(カバーの裏面に、アニメ版デザインを用いたもうひとつの装幀が描かれています)。
 アニメ放映後、このカバーがどうなるかについては未定となっています。終了するようでしたら、その件も後日お知らせいたします。

(9月26日追記)
 やはりリバーシブルカバーも期間限定とのことでした。順次、裏面に絵のない通常のものに置き換わっていくようです。
posted by 米澤穂信 at 15:33| お知らせ

2012年07月12日

「鏡には映らない」


「野性時代」2012年8月号(角川書店)収録
発売日:2012年7月12日 雑誌定価:680円



 知りたければ鏡を見てきたら?




 雑誌「野性時代」に寄稿した短篇です。

 伊原摩耶花は、買い物に出かけた日曜日、思いがけず中学時代のクラスメートに会う。
 近況を交換するうち、折木奉太郎と同じ部活に入っていることを口にすると、相手は顔をしかめた。
「そっか……。折木がいるんだ。サイアクじゃん」
 そして伊原は思い出す。自分たちが中学生だった頃、折木は確かに、サイアクと言われるだけのことをした。
 中学生活最後の卒業制作で、折木は手を抜いて作品を台無しにしたのだ。デザインを担当した女子生徒は、あからさまな手抜きを前にして泣き崩れた。

 あのとき、クラスメートは折木を非難した。思い出を汚した、と。伊原自身も、そっと目を逸らしたことがあった。
 だけど卒業から一年と少しの間、折木が古典部でしてきたことを思い返すと、ふと疑問が湧く。ひょっとしたら、あれは単に「サイアク」の一言で片づけられる話ではなかったのかもしれない……。

 中学最後の冬、本当は何があったのだろう。伊原摩耶花は、元クラスメートを訪ね始める。
 あの一件にもしも何か事情があったのなら、自分は折木に言わなければいけないことがある、と思いながら。


〈古典部〉シリーズの短編です。
 伊原の一人称は、『クドリャフカの順番』以来になります。

タグ:〈古典部〉
posted by 米澤穂信 at 00:00| 雑誌等掲載短篇

2012年07月05日

『推理小説年間 ザ・ベストミステリーズ2012』


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編:日本推理作家協会
解説:佳多山大地
装幀:百足屋ユウコ
出版社:講談社

発売日:2012年7月5日
定価:本体1,600円
四六判並製
ISBN:978-4-06-114913-7

 日本推理作家協会が毎年編んでいるアンソロジーに、拙作「死人宿」(初出「小説すばる」2011年1月号)を採っていただきました。
 以下に今回の収録作一覧を記します。

「望郷、海の星」――湊かなえ
「三階に止まる」――石持浅海
「ダークルーム」――近藤史恵
「超越数トッカータ」――杉井光
「言うな地蔵」――大門剛明
「新陰流“月影”」――高井忍
「原罪SHOW」――長江俊和
「オンブタイ」――長岡弘樹
「現場の見取り図 大べし見警部の事件簿」――深水黎一郎
「足塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)」――三上延
「この手500万」――両角長彦
「死人宿」――米澤穂信
「残響ばよえーん」――詠坂雄二
posted by 米澤穂信 at 00:00| 共著・アンソロジー

2012年06月30日

『いつか、君へ Boys』


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編:ナツイチ製作委員会
装幀:成見紀子
装画:坂本ヒメミ
出版社:集英社

発売日:2012年6月30日
定価:本体533円
文庫版
ISBN:978-4-08-746843-4

 集英社の文庫フェア「ナツイチ」に合わせて刊行されたアンソロジーです。
 拙作「913」(初出「小説すばる」2012年1月号)が収録されています。
 以下に収録作一覧を記します。

石田衣良「飛ぶ少年」
小川糸「僕の太陽」
朝井リョウ「ひらかない蛍」
辻村深月「サイリウム」
山崎ナオコーラ「正直な子ども」
吉田修一「少年前夜」
米澤穂信「913」
posted by 米澤穂信 at 00:00| 共著・アンソロジー